第104話 いろは確かに匂えども
ショッピングモールに着くと、人がごった返していた。まぁ休日の昼前なんてこんなもんか。
土曜の午前中にここに来ることなんて無いから知らなかった。
「すごい人ですね〜」
彼女は肩にかかった髪をいじりながら上まで吹き抜けになったショッピングモールの中を眺める。
動く度にブラウスの広めの袖が揺れて、ひらひらと目の前を通り過ぎていく。
「人酔いしそうだ、普段こういうとこ来ないの?春海さんは」
「う〜ん、友達と予定があれば来ますが1人だと家から出ませんね!」
意外だ、もっと外で遊んでるもんだとばかり。
「あ、意外って顔しましたね〜私結構インドア派ですよ!」
「もっと毎週外で遊んでるもんだと」
「あの仕事量でそれは無理ですね…土日は体力を回復するのに必死ですよ、週休3日にならないかな…」
みな考えることは同じである。水曜日あたりに休みがあればもっとやる気が出るんだが。
「よし、じゃあ行くか」
勇んで人混みへと飛び込む…と言っても朝の駅のホームに比べればなんてことは無い、人の間を縫ってエスカレーターを目指す。
気がつけば春海さんの姿が後ろに見える、やってしまった。
人の流れから一時離脱して彼女を待つ。
「もう〜!すいすい前行くんですから!」
浅い呼吸をしながら彼女はててっと近付いてくる。
「ごめんごめん、いつもの癖で」
やはり靴の底が厚いと歩きにくいんだろうか、これからはゆっくり進もうと心の中で誓う。
息を整えた春海さんは一歩俺に近づくと腕をとった。
「秋津さんがやってるなら私もいいですよね?お祭りの時もくっついてましたし」
ぎゅうっと抱かれた腕に柔らかい感触、外で香った花の正体が分かる。
自分の首元あたりから発せられる甘い声と澄んだ茶色の瞳に吸い寄せられる。
このまま頬に手を添えれば、なんて思わせる魔力がそこにあった。
「ね、いいんですよ?鹿見先輩」
時間にすれば3秒にも満たなかっただろう。
だが鉄壁と謳われた俺の理性と頭の中の食欲モンスターが歯止めをかける。
あと数年俺が若かったらころっといったんだろうな。
「ほらほら行くよ」
不覚にも赤くなってしまった自分の頬を隠すように前を向くと、歩幅を狭めながらも進む。
「むぅ、これでもだめですか」
腕にかかる力が幾分弱まる。
「何と戦ってるの…おっさんからかうのもやめてね」
「何と戦ってるかですか…鈍感じゃないくせにちょっとずるい先輩とですよ」
ぷつぷつと言葉で俺を刺しながら、彼女も歩き出した。
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