第103話 世の中にたえて桜のなかりせば
待ち合わせ場所に着くと時計の下にはよく知った後輩の顔が。
「ごめん、ちょっと待たせちゃったかな」
「いえいえ、私も今来たところですので!」
白い大きな襟のブラウスに薄ピンクのマーメイドスカート、にっこり微笑んだ彼女はいつにも増して魅力的だ。
「あれ、鈴谷君は?」
「さっきチャット来てましたよ〜熱出たって言ってました。すごい勢いで謝ってますね…」
言われてスマホを見ると平謝りしている鈴谷君が。全然大丈夫と返信しておく、また風邪が治ったら全力で謝るんだろうなぁ。こういう誠実なところが彼のいいところでもある。
「なので今日は2人ですね?先輩」
「そ、そうだね、よろしく」
どうして俺の周りの女性陣はこうも簡単に圧を放てるのだろうか。
連れ立って並木道を歩く。ここ数日は久しぶりに暖かいからか、家族連れも見受けられる。
ふわっと花が香る。
オフィスで見る彼女と違って今日は表情が緩んでいる。本来はこういう楽しそうな顔をするんだろうな。
「あ、鹿見先輩!今日は私どこ行くか目星つけてきたんですよ〜!」
身体をぐっと近付けてスマホの画面を見せてくれる。
偶然か俺が行こうと思っていた場所と同じだ。
「そこ俺も行こうと思ってた」
「この辺りだとここが第一候補になりますよね〜」
ここに来てやっと気付く、彼女の身長がいつもより少しだけ高いことに。
足元は底が上げられた黒いブーツ、白い足首が柔らかな光に照らされて眩しい。
身長差がちょっと変わるだけでここまで印象も違うのか。
一つ気がつくと次々と目が彼女の変化を捉えていく。
長いまつ毛に淡い赤の頬、耳には小さなピアスが光っている。
普段はポニーテールな髪もサイドに編み込まれて肩に垂れ、艶のある唇は手を伸ばせば届くくらいの距離に。
端的に言っておしゃれだ。
「お二人分ですよね、選ぶの楽しみです」
彼女は俺にだけ聞こえるくらいの音量で言葉をこぼすと、前を向く。
近付いた肩を離すことなく足を前へと進める彼女が、不意に道の窪みに躓く。
こける、そう思った時にはもう身体が動いていた。
「あっぶねぇ…!」
「あ、ありがとうございます…毎度ごめんなさい…」
掴んだ腕は想像よりも細くて、熱を帯びていた。
彼女が体勢を立て直すのを見て手を離す。
「ごめん、腕、」
赤く跡になった彼女の細い腕を指して口から吐くのは謝罪の言葉。
嫌だろ、歳上の男の先輩に腕を強く掴まれるの。
「いえいえ!助けていただいて!それに…」
慈しむように自分の手首を撫でると、こちらを見上げてつぶやく。
「私、こういうのも嫌いじゃないんで」
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