第102話

 音もなく目が覚める。

 今日は土曜日、休める……と思ったらあれだ、相澤さんと小峰さんのプレゼントを買いに行く日だ。


 部屋の電気をつけて1週間の1/3はすやすやモンスターに支配されているベッドから起き上がる。

 時刻は6時半、休日に早く起きてしまう体質を治したいようなそうでないような。


 カーテンを開くと薄暗い朝に溺れそうになる。


 3月に入ったばかりだが今日は暖かくなりそうな雰囲気、鳥の鳴き声や部屋に流れ込んでくる風が春の訪れを予感させる。


 顔を洗ってマウスウォッシュで口をゆすぐ。着替えるのは家を出る直前でいいか。


 ベッドに戻るとスマホをいじりながらストレッチ。仕事のある日はこんなにゆっくりできないからな、週休3日の社会になってくれ。


 ぐぐっと凝り固まった身体を伸ばしていると玄関から物音が。

 こんな時間になんだ。


「おっはよ〜朝ごはん食べにきたよ!」


 モコモコのパジャマの上にカーディガンを羽織った秋津が朝とは思えないテンションで部屋に入ってくる。


 ギリギリの格好でマンション内を移動してるなこいつ。


「俺が寝てたらどうすんだよ」


「早起きおじいちゃんなあんたがこの時間に寝てるわけないと思うけど、そうなった時は布団におじゃましてたかな」


 けろっとした顔でこちらに寄ってくる。


「だれが早起きおじいちゃんだ。というかお前今日休みだろ、自分の家でゆっくりしてろよ」


「今日はね、何となく。そう、何となく早く起きちゃっただけよ!」


 突然わたわたしだすとダイニングの方へ消えていく。なんなんだほんとに。


 とはいえ朝ごはんを食べないわけにもいかない、彼女の後を追ってキッチンに向かう。


「ね〜私なめこのお味噌汁が食べたい」


 テーブルをばんばん叩きながら子どものように駄々をこねる秋津。ご飯のチョイスが子どもにしては渋すぎる。


「まぁ俺も和食の気分だったしいいぞ。ただし、働かざる者食うべからずだな」


 モコモコの営業成績トップを手招きしてキッチンに呼ぶ。


「たまご焼きでも作ってくれ、今日は甘いのがいい」


「任せなさい!」


 むふーと腕まくりし、後ろの棚からボウルを取り出す彼女を眺める。

 ほんと、うちのキッチンに馴染んでるよな。そのうちノールックで食器を出していそうで怖い。


 しばらく無言で、ボウルの中に跳ねるたまごや味噌を溶かす音だけが部屋に響く。


 十数分後、テーブルにはいわゆる典型的な朝ごはんが鎮座していた。

 たまご焼きに米、なめこ汁に作り置きの茄子のおひたし、完璧だ。


 味噌汁を作っている最中、その匂いにお互いそわそわしだした時は思わず顔を見合せて笑ってしまった。


「「いただきます」」


 いつものように手と声を合わせる。

 朝の身体にお味噌汁が染み込んでいく。


 こういうしっとりと落ち着いた和食がやっぱり好きだ。もちろんパンやスクランブルエッグな洋食も悪くないが。


 ほっと一息、遺伝子に刻み込まれた安心感が心を満たしていく。


 ゆっくりと食べ終わり、食器を流しへと持っていく。

 今日は彼女も手伝ってくれるらしい。鼻歌を歌って身体を振りながら洗い終わった食器たちを乾燥棚に並べてくれる。


 そうこうしているうちに、準備しないと間に合わない時間に。

 寝室で着替えて財布と時計、スマホを持つと玄関で靴を履く。


「ねぇ、有くん」


 扉まで着いてきた秋津がやけに真剣な表情で話しかけてくる。モコモコのパジャマ着てるくせに。


「ん?どした」


「私ね、抜けがけはしないつもりなの。だからちゃんと、ね」


 とん、と俺の胸に手を添えると顔を近付ける。


「待ってるから早く帰ってきてね、いってらっしゃい」


 普段の生活じゃこんな距離まで近付かないだろう、どきっと跳ねた心臓も薄いコートの中に隠し込む。


 何かを訴えかけるような目を緩めたかと思えば、いつもの彼女に戻って部屋の奥へ消えていく。


 思っていたよりも暖かい外に出ると、視界の端にピンク色の欠片が映った気がした。

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