第98話

 あれ、さっきも会社でこんなことがあったような。


 差し出された肉まんを見て、数十分前にチョコクッキーを渡されたのを思い出す。


「ありがとう、いいのほんとに?」


「もちろんです!美味しいものは1人より2人で食べた方が!」


 その考え方、嫌いじゃない。

 ありがたく熱々の肉まんをいただく。


「それじゃ、いただきます」


 柔らかい生地にかぶりつく。さっきまで歯ごたえのあるチキンを食べていたからか、ふわふわの肉まんに口が驚いている。


 早くも餡に到達、生地に馴染むしょっぱさとシャキシャキの食感に笑みを浮かべる。

 いらないならと貰ったカラシをたっぷりと塗って再びひと口、さっきのスパイシーなチキンとはまた違った奥深い辛さが口を駆け巡った。


「美味しいな〜肉まん」


「寒い中外で食べるとまたひと味違いますね…!」


 そうこうしているうちに、駅へと続く入口が見えてきた。

 改札を通ってホームに。ひんやりとした風が俺たちの間を駆け抜けていく。

 ここに集うは残業を終えた社畜達だろうな。


 数分後、ごうっと音を立てて電車が到着した。巻き起こる風で春海さんの髪が舞い、甘い匂いが漂う。


 歩幅の違う2組の靴が車両とホームの隙間をまたいでいく。


 揺れるつり革越しに彼女を視界に収める。

 すぐに着くからと、席は空いているのに俺たちは立ったままだ。


「あ、そういえば鹿見さん、そろそろ課長の…」


「誕生日だね。今度プレゼント買いに行かなきゃだなぁ。今年って俺と春海さんと鈴谷くんだっけ。」


「そうですね!小峰さんはその日厳しいって言ってましたもんね」


 蛍光灯に照らされた駅を通り過ぎていく。

 ドアが開く度にひんやりした空気が車内に吹いて、そしてまた暖められる。


「さっきのクッキー、美味しかったですか?」


 どこかそわそわしながら春海さんがこちらを向く。心なしか外を歩いていた時より距離が近い。


「そうそう、あれどこで売ってるのか聞こうと思ってたんだ」


 車内にアナウンスが鳴り響く。確か彼女の最寄り駅はここだったはずだ。


「実はあれ、私の手作りだったんです」


 綺麗に包装されたクッキーを再び、今度は俺の手に押し当てながら彼女は囁く。


 にやっと笑う春海さんに思わず目を奪われる。


 いたずらが成功した子どものような、どこか甘く誘うような、まっすぐと瞳を射抜かれた俺は、頬に上がってくる熱を止められない。


「ではまた、相澤課長のプレゼント買いに行く時に!」


 ててっとドアまで歩いていった彼女は、思い出したかのようにこちらを振り向くと、手で銃の形を作って俺に向けて傾けた。


「それ、もちろん義理じゃないですから。ばんっ」


 最寄り駅まであと数分。最後に彼女が見せた表情は、俺の頭を埋め尽くすのに十分な破壊力を持っていた。

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