第97話
夜にこうこうと輝くコンビニは、今日も変わらず社畜たちを迎えてくれる。
さて、小腹も空いたしなににしようか。
「春海さんは何買うの」
「うーん、帰ったら作り置きあるのでそんなにがっつりは……」
きゅうっ。
目を棚に走らせながら呟く彼女のお腹から、再びかわいい音が。
「うっ…!」
みるみるうちに彼女の顔が赤くなっていく。
「ほら腹ぺこじゃん」
「もう!忘れてください!」
コートをぽすぽす殴られる。こう見ると、当たり前だが入った時より仲良くなれたよなぁ。
「うーん、俺はチキンにしよっかな」
レジに並んでいると勘違いされたら申し訳ないので、少し離れたところからホットスナックを眺める。
オレンジ色の光に照らされたチキンや春巻きは、空腹な社畜の心を踊らせる。
残業帰りには惣菜、というかパスタやシューマイに目を向けがちだが、歩きながらそのまま食べられるものをパクパク食べながら帰るのも悪くない。高校生の部活帰りみたいだが。
「私あんまりこういうの食べたことないんですよね……!」
顔を輝かせながら彼女が釘付けになっているのは肉まん。
確かに。肌寒い、というか肌凍るこんな夜は肉まんが食べたくなる。
2人してお会計を終わらせ自動ドアから外へ出る。肉まんの1つくらい奢らせて欲しいものだ。
後輩は素直に奢られるのも仕事だよと言っても、彼女は断固として自分の財布を離さなかった。
白い息を吐きながら袋をがさがさと漁る。取り出したるはスパイシーなチキン。
疲れた時は辛いものに限る、これは辛党モンスターのありがたい言葉である。
口を開けてひと噛み、こってりとした油が口に溢れる。
サクッとした衣の後には歯ごたえのある鶏肉が。本来ならば肉だけの旨みのはずが、胡椒とスパイスのお陰でそのジューシーさに磨きがかかる。
口の周りが多少汚れることなんて厭わない、1/3ほどを一息に食べ進める。
肺が酸素を求めて息を吸う。ひんやりとした空気に痺れる辛さ、たまんないな。
ふと隣からの視線に意識を持っていかれる。
「どうしたの春海さん」
「チキンってそんなに美味しいんですか……?」
「あれ、もしかして食べたことない?」
「お恥ずかしながら」
残業後のホットスナックなんて最高に美味しいのに。うーん。
「よし、じゃあこれ、はい」
チキンを半分に割ると半分を袋に入れて差し出す。
「えっ……!?」
「食べなよ、せっかくだしさ」
おずおずと受け取った春海さんは、目の高さにチキンを持っていきまじまじ見つめている。
そんなに珍しくないって。200円もしないんだから。
「では…!いただきます」
そんな居合切りする剣士みたいな気迫で食べなくても。
小さくひと口、すぐに目が開かれる。
「これが…!大人の味……!」
「それはちょっと意味変わってくるからやめて。」
こんな大通りで。
きょとんと首を傾げた彼女は年相応にかわいらしい。
唇の油が気になるのか舌がぺろり、薬指で口の周りを気にしているところを見ると、今度は逆に大人っぽく見える。
「じつはじつは初めて食べたんですけど、ぴりっと来る辛さが美味しいですね!」
後輩が嬉しそうで何よりだ。
俺も歩きながら残りのチキンを食べ切る。少し腹に入れたからか逆にお腹がもっとくれと唸りをあげる。
2歩、3歩と進んだところで彼女がこちらを覗き込んできた。
「鹿見先輩、良かったら私のも半分どうぞ!」
俺の目線まで掲げられたのは、少し不器用に半分こされた湯気を立てる肉まんだった。
◎◎◎
(こんにちは、七転です。)
こいつ、直接脳内に……!
これがやりたかっただけです。
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