第96話

「あれ、あのお供え物ゾーンにあったっけ?」


「あの山のことお供え物って呼んでるんですか……ありましたよ、下の方に!」


 なら気付かないか。


 ありがたく1つつまむと早速口の中へ。


「お!めちゃめちゃ美味しい、こういう味好きなんだよなぁ」


 甘すぎず、さりとて苦すぎない。疲れてコーヒーを飲む時はこれくらいがちょうどいい。

 どこで買ったんだろ、後で聞いとこう。


「それはそれは…!お口に合って良かったです」


 むふーと自慢げにしている春海さん。彼女がこんなに自信満々なのは珍しいな。


「春海さんも食べなよ」


「いえ!私は沢山食べたので!それはもうほんとにたくさん……」


 後半はあまり聞こえなかったがどんどん顔が沈んでいく彼女を見ると、これ以上は深入りできない。


 流れでそのまま仕事に戻る。

 お腹も空いていたから手が勝手にクッキーに伸びてしまう。いやぁほんとに美味しい。

 サクサクの食感のものと、少ししっとりした食感のものが混ざっていて飽きがこない。


 書類をめくる音とキーボードを叩く音が続くこと1時間ほど、彼女の仕事も終わったようだ。


「はぁ〜〜〜〜」


 長い長いため息が聞こえる。


「あんまり無理しすぎも良くないよ」


「分かってるんですけどね…これくらいの速さで終わらせないと間に合わないといいますか、今まで鹿見さんと小峰さんどうやって耐えてたんですか」


 眉間を揉みほぐしながら彼女は項垂れる。その仕草、ますます事務課に染まっていってるぞ。


 言われて春海さんと鈴谷君が来る前のことを思い出す。

 あの時はめちゃくちゃ仕事のできる課長がいたからなぁ。相澤さんがまだ課長ではなく先輩だった頃、今の部長が課長だったのだ。


 まぁもちろん、相澤さんが意味のわからない速さで仕事をこなしていたおかげもあるが。


「相澤さんが平だった頃とか凄かったよ」


「うわ、それめちゃくちゃですね。課長が通常処理してるとこ想像できないです」


「あの人何でもできるからなぁ」


 昔話を少し、9時になる前には帰りたい。

 いつの間にか書類を片付けてPCをシャットダウンした春海さんが俺のカップまで洗ってくれている。


「ごめんごめん、俺もすぐ帰り支度するわ」


「いえいえ!洗い物とか掃除とか、私嫌いじゃないんで」


 どこかの食欲に支配されたモンスターに爪の垢を煎じて飲ませたい。

 俺が洗い物してる間もあいつはソファでぐうたらしてるからな……。


 事務部屋の電気を消して戸締りする。

 そういえば最近、2人で退勤することも多くなったな。


 鍵を守衛さんに渡すと並んで歩く。駅までは大通りを真っ直ぐ進むだけだ。


 くぅ〜〜。


 不意に隣からかわいい音が聞こえてきた。

 横目で見ると、春海さんとがっつり目が合ってしまう。


「き、聞こえましたか……?」


「なんの話だろ。俺はお腹空いたしコンビニでも行こうかな、春海さんもどう?」


「もうっ!聞こえてるじゃないですか!」


 ポスポスとコートを叩く春海さん。

 普段は淡い桜色の頬も、今はりんごのように真っ赤に染まっている。


 こう見ると歳下のかわいい女の子って感じがするんだよな。

 入ったばかりの時はあたふたとしていた彼女も、今ではきっちり働く頼れる同僚だ。


 未だにぷるぷると震えながら恥ずかしがっている春海さんを連れて、俺はコンビニへと足を進めた。

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