第91話
運ばれてきたのは肉、肉、そして肉だ。
せっかくシャワーを浴びて出てきた秋津が放った「金曜日だしお肉食べたい」という言葉によって、今日の晩ご飯は焼肉に決まったのだ。
俺が居酒屋とかイタリアン調べてた時間を返してくれ。
それでせっかくだからちょっとお高い焼肉に行くかと聞いたところ「今日は食べ放題がいい」と仰せ。食欲モンスターの心が読めない、まるで秋の空模様。
そんな訳で運ばれてきた肉を見ながらビールの入ったジョッキを合わせる。
「「乾杯」」
外で2人で飲むのは久しぶりだ。
「有くん、私がお肉を焼いてしんぜよう」
カチカチとトングを鳴らしながら得意げな顔の秋津。
「珍しいな、何かいいことあったのか」
「そりゃあもう、出張に学生時代からの友人をねじ込んだら旅行に化けたことくらいかなぁ」
「全部災難なんだよ、というか遂に白状しやがったな。悪意じゃねぇか」
鳴らない口笛を吹きながら、彼女は網の上に並んだ肉たちを転がしていく。
焼き目の付いた肉が視覚と嗅覚に訴えてくる。
「まずは…タンか」
ネギ塩ダレがたっぷりかかった厚切りタンにレモンを絞る。何をどう考えたらこの組み合わせで食べることになるのか分からないが、初めてこれを試した人間が天才以外の何者でもないということだけは確かだ。
程よい食感に肉汁、続いてネギの香りと塩コショウがガツンとくる。最後にレモンのさっぱりした風味が鼻を抜ける。
あぁ、これはビールだな。
「焼くの代わるからお前も食えよ、美味いぞ」
「んじゃ〜お言葉に甘えて!」
ほくほく顔で肉を頬張る彼女を見ているとこっちまで笑顔になる。美人が肉食ってると様になるなぁ、眼福眼福。
運ばれてきた肉を焼いていく。ホルモンって美味いよなぁと網の上に並べていくと、女王様からストップが。
「ねぇ、カルビも!」
「はいはい焼くって」
2杯、3杯とグラスも空いていく。
肉と米、そしてビールやハイボールの相性が良すぎる。
噛めば噛むほど味が出るホルモン、ハラミ、カルビと定番も外せない。
……今は頼んでいないが、イチボとかも美味いんだよなぁ。
ニンニクのホイル焼きも頼もうかとタッチパネルに手を伸ばすが、この後同室で寝ることを思い出して手を引っ込めた。
なんでベッド1つの部屋しか空いてないんだよ。布団を取られて蹴られる未来が今から見える。
「なぁ家戻ったらいつかちょっといい焼肉屋も行こうぜ」
「あら、あんたが先の話するなんて珍しい」
「酔ってんだよ、言わせんな」
ほんの少しの酒を飲めば次の日に残ってしまう体質だが、それならば沢山飲んでしまえと大きな口を叩けていたのは大学生まで。
熱を放つ自分の頬を誤魔化すかのように肉をつまむ。朝あんなことがあったからか、雨に打たれた疲れからか酔いがすぐに回っていく。
箸を置いて一息、こちらを見ながら大きな口を開けて白米を頬張る秋津と目が合う。
「ほんと、嬉しそうだな」
「そりゃあね。まぁあんたも負けないくらい嬉しそうだけど」
「さぁどうだろな」
汗をかいたグラスに手を伸ばすと、俺はぐいっと一息にあおった。
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