第85話

 新幹線から降りて腰を捻るとバキバキと嫌な音、年々長時間座っているのが辛くなってくるな。


 コロコロとキャリーケースを転がして普段使っている駅よりも広いホームを歩く。

 何となく新幹線の駅ってわくわくするんだよなぁ。


 そのまま在来線に乗り換えて数駅、今日の宿へと向かう。


「今日泊まる場所って会社が手配してくれたのか?」


 うちの会社、出張の時はもちろん宿代交通費全額支給だが、常識の範囲なら各個人で選んでホテルをとるのも許されている。

 忙しい営業マンの中には、総務課の仲良い人間にお願いして予約から社内申請をまるっと全部お任せしている強者もいるらしい。

 さすがにグリーン車での移動となるとプラスの料金は自前になるが。


 この罠だらけの出張、丁寧に確認しないと秋津の策に溺れてしまう。


「んーん、私が予約しといたわ」


「まさか……おい、やってないよな?」


 アニメや漫画でお決まりの「部屋ひとつしか取ってないけど?」みたいな流れ、こいつならやりかねん。


「さぁどうかしらね〜〜」


 俺よりも2歩前を歩く彼女は楽しそうだ。


 答え合わせはすぐこの後、戦々恐々としながらキャリーケースを引く。


 駅を出て橋を渡ると街の様子が変わる。

 先程までは店が所狭しと並び観光地もかくやという出で立ちだったのに、今ではガラス張りのビルが立ち並ぶオフィス街に様変わりしていた。


 明日の展覧会もオフィスビルのフロアを貸し切ったものらしい。


 我が社の1階にもカフェがあるが、レストランが入っているオフィスビルも見受けられる。

 軽い打ち合わせ兼接待ならああいうところ便利だろうなぁ。


 ついつい仕事のことを考えて目移りすること数分、目の前には今日泊まるビジネスホテルが現れた。


「寒いし中入りましょ」


 足取り軽く先を行く秋津。


 ホテルのロビーを抜けて奥へ進むと、丁寧な仕草で受付へ案内される。


「ご来館いただきありがとうございます、ご予約の方は…」


「鹿見でお願いしてると思うんですが」


 被せるように彼女は答える。おかしいだろ、お前は秋津じゃねぇか。


「はい、承っております。本日1泊の2部屋でお間違いないでしょうか。」


「はい、そちらでお願いします」


 隣同士2本の鍵を受け取ると、彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべて口を開く。


「そーんなに一緒に寝たいなら、後でお部屋に行ってあげるね?」

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