第72話
仕事で着用しているものより数段良いスーツを着て電車に乗っている。
まぶしい光に目を細めながらスマホで時間を確認する。
10時15分、よし余裕で間に合いそうだ。
駅に着くと一旦お手洗いへ。ネクタイ曲がってたら嫌だしな。
新郎新婦の姿をしかと目に焼き付けてやろうと普段はしないメガネまで着けてきた。
今日は大学時代の友人の結婚式だ。ほんと、晴れてよかった。
もう社会人も5年目、リッチにタクシーで坂道を登っていく。これ歩きだったら冬とはいえ汗かいただろうし英断だったな。
ジャケットの内ポケットに袱紗があることを確認して到着を待つ。
「着いたよあんちゃん、いってらっしゃい」
ぶっきらぼうな口調の運転手さんに見送られて式場の待合室に入る。
既に多くの人が集まっていたが、一旦受付へ。
袱紗から御祝儀を取り出して受付の方に渡し、代わりに式次第を受け取る。
奥では大学時代の同期たちがウェルカムドリンク片手に笑いあっていた。
「うぃす、久しぶり」
声を掛けて輪に入れてもらう。途中、ウェイターさんがドリンクを持ってきてくれたので受け取ることも忘れない。
「鹿見じゃん!」
「まだ残業まみれなんかお前」
「あ、夏芽ちゃんもう来てたよ〜」
1人ずつ喋ってくれ、聖徳太子じゃないんだから。そういえば夏目も来てんのかこれ。
というか久々に会ったのに元恋人の話を初手でするなよ。
そういえば奥に最近よく見る顔が。後で挨拶くらいはしておくか。
式の時間になるまで旧友たちと談笑する。こういう同窓会的な面もあるから、結婚式にはできるだけ参列したいんだよな。
時間になって礼拝堂の中へ。
冬の澄んだ陽射しがステンドグラスを通して参列者たちに降り注ぐ。
伴奏はオルガン、自分はただのモブのはずなのにどうも身が引き締まる。
前を歩いていた悪友も同じく背筋を伸ばしているところをみて思わず笑みがこぼれる。
新婦側のご親族の中にはもう泣いている方がいる。そりゃそうだよな、節目としてこれだけ大きな式を挙げて、沢山の人が集まるとなれば自分が親だったとしたら泣く。
真ん中より少し前に座って始まりを待つ。
やがて神父さんがやってきて流れを説明してくれる。これ聞くところによると、ほとんど練習なしの本番らしいな。新郎新婦大変すぎるだろ。
恙無く式は進んでいく。自分がやるならこれ大変だろうなぁなんて考えながら、立ったり座ったり拍手したり。
新郎も新婦も知り合い、というか友人だから2人が幸せそうだとこっちもほっこりする。
誓いのキスまで見届けて外へ。
「あれってほんとにやるんだな」
友人に話しかける。
「お前夢も希望もないな、やるに決まってんだろ」
「俺恥ずかしくて多分できねぇわ」
「とか言ってる奴が1番結婚式に力入れるんだよ」
そういうものなんだろうか。どうにも自分があそこに立つ未来を想像できない。
中庭に集まると次はブーケトス。寒空の下新婦は寒そうだ。そりゃそうだ、昼間とはいえ1月の冬真っ盛りだからなぁ。
天高く舞い上がったブーケはストン、と受け止められる。
誰だ誰だと背伸びして見るが、多分知らない人だなあれ、新婦側の会社の人とかだろう。
わぁ、と声が上がるも男性陣は何とも輪に入れずにいる。
友人たちと顔を見合わせるとそのままぞろぞろと屋内へ足を向けた。
時間をおいて披露宴。
フレンチコースなんて久しぶりだ、マナーに自信が無さすぎる。
「おい、お前こういう時いけるタイプか?」
隣に座った悪友が耳打ちしてくる。
「いけるわけないだろ、社畜だぞ」
「そこは接待とかあるだろ」
「こんな下っ端が行かねぇよ」
そんなこんなで宴は始まる。
もう前菜より先に出される小さいおつまみから美味しい。大ぶりのスプーンに盛り付けられた野菜たちを次々口に運んでいく。
乾杯の挨拶が待てないくらいだ。
やがて司会から乾杯についてアナウンス。
壇上に立つ新郎の高校時代の友人は、思い出を振り返りつつも綺麗に話をまとめあげる。
おいおい語り口が上手すぎだろ、うちの営業に来てくれ。
さて待ちわびた乾杯、新郎新婦のこれからの道が明るく照らされますように。
なんやかんやでコースも終盤、お酒も進む。
新郎新婦の子供の頃を映した動画でご親族が涙ぐんでいた、俺までもらい泣きしそうだったな。酔いと老いか?
無事全て終わり帰り支度。
「そういや二次会やるけど行くか?後でちょっとだけ新郎新婦も顔出してくれるらしい」
テーブルで正面に座っていた友人と並んで外へ出る。二次会か、明日月曜日だが…。
結婚式だから仕方ないが、新郎新婦ともそこまで話せたわけじゃない。
「そうだな、久しぶりに会うやつも多いし行くわ」
「よし。んじゃ場所チャット入れとくわ」
「さんきゅさんきゅ」
あいつ幹事だったのか、大変だな。確かに大学時代は新郎と同じサークル入ってたっけ。
駅までタクシーで向かうべく、式場の前には人だかりが。
皆スーツやドレスだから華やかだなぁ。1人離れたところから眺めて思う。
「ねぇ、二次会行くの?」
声のする方に顔を向けるとそこには夏芽が立っていた。青いドレスの裾が風に揺れている。
「おう、久しぶりだな、行くぞ。あ、あけましておめでとう」
「なーにが久しぶりよ、年末もあったでしょうに。あけましておめでとう」
風が強くなってきた。俺は酔いがさめて丁度いいが、ドレスだけだと寒そうだ。
「お前どうするんだ?」
「うーん明日も仕事だしなぁ」
思考回路が同じなんだよ、まぁこいつも社畜だからそうなるよな。
「まぁでも有行くんでしょ?顔くらいは出そうかしら」
「んじゃ二次会行きそうなやつ捕まえてタクシー乗るか」
大学時代の友人と話していたからか、夏芽と話すのも当たり前のように思えてくる。
ほろ酔いで道を歩く。あぁそういえば、昔もこんな感じだっけ。
数年前のなんでもない日常が頭に浮かんでくる。
タクシーへと向かう道すがら、靴を鳴らすリズムに、その歩幅に俺はどうも懐かしさを覚えてしまった。
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