第71話

 手に息を吹きかけると空気が白く染まる。あーミスった、手袋してくるの忘れた。


 ここは最寄り駅、初詣に向かうべく昼前集合だ。会社とは逆方向に数駅、乗り換えてまた数駅のところに大きめの神社がある。


 集合時間は11時、現在10時55分である。


 俺の方が先に着くのは珍しい、なんだかんだあいつは心配性で早め集合するのだ。


 まぁ遅れるなら連絡あるか、と思っていると遠くから黒い塊が駆け寄ってくる。


「ごめんごめん遅くなった!」


「いや、全然時間内だぞ」


 今日の秋津はメンズライクなファッションだった。上は黒いダウンに包まれており、下はグレーのスキニーパンツ、スニーカーを履いていて脚の長さが際立つ。

 こいつ、まじでスタイルいいな。


「ちょっと早めに来ることをポリシーにしている私としてはですね…」


 頭をかきながらぼそぼそ呟く。見かけとの乖離が凄いから背筋を伸ばしてくれ。


「はいはい、焦んなくていいからゆっくり行こうぜ。別に誰か待たせてるわけでもないしさ」


 ピッとカードをかざして改札を通る。


「あの神社って確か出店あったよね?」


 気を取り直したのかにっこりしながら秋津が話し出す。数年前にちらっと訪れたのが最後だった気がするけど。


「あーどうだったっけ、久しく行ってないんだよな」


「もしあったらいちご飴買いたいいちご飴!」


「夏祭りにも食べてなかったか」


「もう半年も前よ?」


 そんな顔されても……いちご飴ってそんな日常的に食べるものなのか。


 話しているうちに神社に着く。やっぱり出店はやっているようだ。

 遠くからでもわかる紅白の屋台に秋津のテンションが上がる。隣でうきうきしていると周りの気温まで上がったようだ。


 境内に入り、真っ直ぐと進む。流石に正月本番は終わっているからか人の出はまばらだ。

 並ぶとすぐに順番が来る。


 風習に従って五円玉を放り手を合わせる。今年はどうか、穏やかな日々が続きますように。

 不意に吹き抜け頬を撫でる風は願いを聞き届けてくれたのか、それとも嘲笑っているのか。


 自分の願いごとは終わり、ちらっと左に佇む彼女を見る。やけに真剣な顔で手を合わせる彼女は何を願ったのだろう。

 時折、秋津にできないことは無いんじゃないだろうかと錯覚するほどに、彼女は何でもできるのだ。


 2人で階段を降りていく。願いごとは言わない方がいいらしい。なら聞かぬが華というものか。


「有くんは何お願いしたの?」


「これ言うと叶わないらしいぞ」


「え〜〜いいじゃん〜」


 ごねる彼女は学生のようだ。もう27歳なんだからおとなしくして欲しい。


「今年も穏やかに生きられますようにって言っといた」


「毎年穏やかじゃない。過労なことを除けば」


「それが問題なんだよ」

 

 そういうお前は、と口を開いたところで彼女は歩みを進めて屋台に寄っていく。俺だけ言わされたのは不公平だろ。


「見て見て!いちご飴あった!」


 満面の笑みでこちらに帰ってきた秋津の手にはいちご飴が握られていた。串に2つ差されたそれは、陽の光を受けて輝いている。


「すごいなまた……いちごでっか」


「普通の新鮮ないちごもいいけど飴になってると綺麗だし甘くて美味しいし」


 さっそく秋津はかぶりつく。あーほらダウンに飴がポロポロこぼれてる、子どもかよ。


「ふうふんもひふ?」


「あーそうだな、少しだけ貰おうかな」


 串のまま差し出されたいちごにかぶりつく。うーんジャンキーな甘さの後に果物特有の甘さが追いかけてくる、中々美味しいな。

 パリッとした食感の後すぐにいちごが現れるのもポイント高い。

 ただおっさんの胃を考えると全部はキツい。


「これ美味いな、美味いが……」


「「おっさんの俺にはちょっとキツい」」


 ドヤ顔でこちらを見ている秋津にイラッとする。


「おい先読みするな」


「一口食べた後においしい〜って顔してすぐウッてなるの見てるとわかるわよ」


 そんなに顔に出した覚えはないんだが。そういえば忘年会の時もしきりに「美味しそうに食べるね〜」と通りがかる人に言われたな。


 飴を彼女に返して境内から出る。

 左手に感触が。


「神社でも思ったけどさ、手袋は?」


「忘れたんだよ」


「じゃあ今日は私が」


 先程よりも力強く手を握られる。


「あんたの手袋になってあげる」


 今年は少しだけ甘いのかもしれない。喉に残るいちご飴の残滓が、やけにその味を主張していた。

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