第68話

 炬燵の魔力に囚われて外に出られない、と言ったのは数時間前のこと。

 未だに俺たちはぐでっと身体を預けてテレビを見ていた。テーブルに置かれていたみかん達はもうなくなったが、段ボールまで取りに行くのすら億劫だ。


「え〜有くん代わりにトイレ行ってよ」


「どんな人体構造してりゃそんなことできんだよ」


 楽しい時間はすぐに過ぎるとは言うが、こういうまったりした時間が必要なのも事実。ゆっくりしたいと願うのは社畜にとって贅沢なのか。


「晩ご飯は軽くにしとくか」


「そうね〜みかんたくさん食べちゃったし、年越し蕎麦も食べなきゃだし〜」


 ぽやぽやと視点の定まっていない目をこちらに向けながら彼女が応える。


 外に出たくなくて数分。


「よし、やるか」

 

 嫌々炬燵から這い出すと一気に身体が冷える。別に部屋は暖かいはずなのに足元の安心感が無くなったな。

 俺が出た後すぐに隙間を布団で閉じる秋津、こいつ……!


 自宅から持ってきた昨日の残り物を詰めたタッパーをレンジにぶち込んでいく。そういえば秋津の家で料理したことってあんまりないな。


「秋津、米いる?おかずは肉じゃがだけど」


 呼びかけるも声が聞こえない。ほんと、呑気なもんだ。

 炬燵まで戻るとすーっと寝息を立てながらうつ伏せになった彼女がいた。おい、ニットがずりあがって大変なことになってるだろうが。


 いそいそと服を下ろして脚を覆う。こたつ布団を整えて気持ちよさそうに寝ている食欲モンスターをそのままにしてキッチンへ。


 レンジを開けると温まった肉じゃがのいい匂い。そのまま取り出して代わりにパックのご飯を入れて2分に設定。


 どうしよう、まだ起きないなら温めなくてもよかったか。

 逡巡したのも束の間、リビングの方から物音が。


「ごめん、ねてた、」


 まさか肉じゃがの匂いで目が覚めたのだろうか。


「全然。どうする、このまま年越すまで寝るか?」


「んーん、いい匂いするしおなかすいた。ごはんたべる」


 流石は食欲モンスター、ブレないなぁ。


「肉じゃがだけど米どうするよ」


「欲しい!」


「はいはい、もうすぐ準備できるからちょっと待ってな」


 普段は俺の家だが、今日は珍しく彼女の家に2人分の食器が並ぶ。

 昨日食べたとはいえ、出汁の匂いとほくほくなじゃがいもの見た目に思わず喉が鳴る。


「「いただきます」」


 大皿に盛られた肉じゃがは次々と無くなっていく。先程までたらふくみかんを食べていたとは思えないほど、2人とも箸の動きが素早い。


「私あんたの和食好きなのよね〜」


 ひょいっと乱切りにされたにんじんを摘んで口に運ぶ。


「それは嬉しいな、一人暮らしだと中々料理を褒めてもらう機会もないからな」


「高校時代は晩ご飯当番あんただったもんね、家で」


「なんで知ってるんだよ、お前他所様の子だろ」


 じゃがいもを箸で崩すと中から湯気が。これが肉じゃがのいいところだよなぁ。


「私、鹿見家母とかなりの頻度で連絡とってるからね。あんたの小さな頃の写真も持ってるわよ」


「人権が侵害されてる……」


 そうか、だからこいつのロック画面は実家の猫なのか。どこからあの写真仕入れてきたのかと思った。


 予想よりも早く無くなったご飯に寂寥感を覚えつつも、食器を流し台に運ぶ。

 俺が洗い物をしている間も動く気配のない彼女を見て声をかける。


「ぐーたら極まってるな」


「寝てたら美味しいご飯が出てきて、洗い物までしてくれて、それなのに私はこたつにずっといるなんて。毎日こうだったらいいのに」


 お腹をさすりながらテレビを見る秋津が応える。このまま牛になるんじゃないか、こいつ。

 

 年越しまではまだ時間がある。

 足元が寂しいな、と思うや否や俺も炬燵に再び吸い込まれた。


 

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