第67話 炬燵に魔法を、指先にみかんを

 黒くへこんだ部分に指を押し込んで音を鳴らす。ピンポーン、続いてはーいと明るい声が返ってくる。


 時刻は夕方の4時、大晦日である。


 忘年会が終わってからはこっちにいる友達と飲んだりひたすら寝たりと自堕落な日々を過ごしていた。


 休日万歳。忘年会後も働かなきゃいけなかったら危うく会社で暴れるところだった。


 これで1月3日までは働かなくてもいい。


 そういえばみかんを貰うのと、年越しは一緒にすると話していたなぁと、今日は秋津の部屋まで来たって訳だ。自宅から徒歩1分、よく考えれば同じマンションに住んでるなんてすごい偶然だよな。


 ドアからひょっこりと顔が出てくる。


「年の瀬にすまんな」


「んーん、もともと年越し一緒にするつもりだったし」


 招かれて中に入る。うちよりも少し広いこの部屋にはいつ来ても緊張する。


 会社では下ろしている髪がポニーテールになっているところや甘い香水がふわっと香るところ、普段のコーディネートとはテイストの違った膝上までの長いニットを着ているところとか。


「見て見て!」


 元気な声に足を早めると、リビングには炬燵が鎮座していた。

 見るが早いか俺はその不思議な魔力に吸い寄せられて足を中に入れてしまう。はっ…!いつの間に俺は。


「あんた入るの早すぎ」


「俺にも何が何だか。気がつけばここに吸い込まれた」


 やっぱり炬燵は最高だ。我が家にも導入しようかな。


「馬鹿なこと言ってないでちょっと詰めてよ」


 無理やり足をねじ込んで同じ辺に入ってきたせいで、ぎゅむっと身体がくっつく。


「四辺あるのになんで同じとこ来るんだよ」


「ここが一番テレビ見やすいのよ」


 まぁそれは確かに。


 いれてもらったお茶をすする。心地良さに思わず息が漏れる。

 年末はこれでいい、結局ぬくぬくと家で静かに過ごすのが一番落ち着く。


「みかん食べてね、1人だとほんとに無くならないのよ」


 ごみ箱を見ると確かに大量の皮が。視界の端に大量のみかんが映る。

 というか段ボールで送られて来たのかよ。1人で食べられる量じゃねぇだろ。


「みかんってさ……」


「食べ過ぎると手が黄色くなるらしい、でしょ?」


 まさに言おうとしていたことを当てられる。別にいいんだがなんだか悔しいんだよなぁ。

 ぐぬぬっと唸っていると彼女がこちらを覗き込む。


「ね、あってたでしょ」


 得意げな顔が目の前に。すらっと通った鼻筋に赤い頬、綺麗な黒色の瞳から目が離せなくなりそうだ。


「悔しいがな」


 なんとか目を離して心臓を落ち着かせる。


「大体わかるの、あんたの考えることなんて」


 そう言いながらも白い指がみかんの皮を剥いていく。よどみない手際に彼女のこれまでの道のりが窺える。


「はい、あーん」


 言われるがまま口を開くとみかんをシュートされた。ぷしゅっと潰れた果実からは甘い汁が溢れる。うーん美味。

 ぷつぷつとした食感が癖になる。これで栄養もあるんだからお得な果物だよほんと。


「まぁ私は超絶仕事できるし顔も器量もいいし手がちょっと黄色いくらいがちょうどいいのよ」


 そう言いながら自分の口にも橙色の半月を放り込んでいく。


 その通りなんだが自分で言うなよ。

 ただそうやって反論したところで口ではこいつに勝てない。


 すぐに1個分まるまる食べ終えると、彼女はテーブルに積まれたみかんに再び手を伸ばす。


 あんまり食べると晩ごはん食べられなくなるぞ、という言葉も、先程見えた段ボールを思い出して飲み込む。


 お笑い特集に声を上げて笑う彼女を横目に、負けじと俺もみかんに手を伸ばして皮に指を突き立てた。

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