第66話 年の瀬香るは
散々だった。命からがらというのは大袈裟だが、二次会のお誘いを断って帰路につく。
名前呼び事件の後、高校時代の同級生であることをとことん説明させられ、色んな人に煽られ野次を飛ばされ男どもの嫉妬の視線を受けることになった。
まぁ5年も隠し通せたんだから上々か。
改めて彼女が人気だということを再確認したとともに、こうなるから周りに言うの嫌だったんだよとため息を吐き出す。
今は青いマフラーを首に巻いて、なんとかほろ酔いモンスターを引っ張り出してきたところだ。
「まさかほんとに下の名前で呼んでくれるとは思わなかったわ〜」
上機嫌にぽやぽやと話す彼女はステップを踏むかのごとく足取りが軽い。
そこまで寒くないが、今年は暖冬なのだろうか。
「今回は俺のミスだから何も言わないが……」
ただ完全に誘導されたよなぁ、悔しい。
来年は年始から色々面倒だなぁとまたため息。
「同じマンションなのはバレなくてよかった。次こそ命を狙われる」
「そんなことないでしょ、ほんとに偶然なんだし」
偶然か必然かなんて関係ないからな、あいつらは。と言っても本気でどうこうしようとしてくる人間はいないんだろうが。一応あの会社もまともな人ばかりだし。
「そういえば有くんは年末どうするの?」
「うーん今年は自分の部屋でゆっくりしようかな、夏は実家帰ったし。お前はどうすんの」
「私もこっちに残ろうかな、実家から届いたみかん消費しなきゃだ。いる?」
「お、じゃあいただこうかな。また取りに行くわ」
「せっかくだし炬燵でも出しておこうかしら、最近暖かかったけど来週からまた寒くなるらしいもんね」
彼女がこちらを向く度に赤いマフラーが揺れる。
最寄り駅から家までの街灯が俺たちを照らしている。大きな筋からは一本中に入っているからか車もそんなに通らない。
「それにしても、やっぱりお前モテるんだな」
「ふふん。でしょでしょ〜これでも髪とかお肌とか気をつけてるし?」
「まぁ仕事も楽しそうにしてるし、実際営業成績もいいもんなー」
「一番の目標にはずっと届かないんだけどね」
「目標とかそんな話聞いたことないんだが」
「え〜ずっと言ってるじゃない、今は教えてあげないけど」
そう言いながら俺の腕をとってゆっくりと歩く。もう隠す気もないらしい。まぁ年末だしこれくらいは。
「あ、2人ともこっちいるなら一緒に年越ししない?」
「そうするか、蕎麦食べようぜ蕎麦」
「また買いに行かなきゃ」
いつものエレベーターに乗り込む。余裕で2人は入るはずなのに秋津は離れない。
「それじゃあおやすみ」
甘く呟いた彼女からは、微かなアルコールと冬特有の匂いに混じって、淡い金木犀の香りがした。
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