第54話 朝に贅沢するならフレンチトースト
気を取り直して自室のキッチンに戻る。前日から作るのがわかっていたら朝ごはんなんていくらでも豪華にできる。
今日みたいに時間がある朝は悩む。和で攻めるか洋で攻めるか…。ホテルバイキングなんかも結局両方食べてしまうんだよな。
結局昨晩は洋食の気分だったので、パンを卵液に浸しておいた。勘のいい人ならわかるだろう、フレンチトーストである。
さて、自分用にオムレツでも焼くか。俺は結構朝から食べるタイプである、まぁそれは秋津も同じだが。
冷蔵庫をごそごそと漁っていると玄関から物音が。あれ、早くね?
「有くーん!準備してきた!」
「いらっしゃい、早すぎ。まだなんにも作ってないわ」
「じゃあ一緒にやろ!」
「ん」
そう言うと秋津はリビングに荷物を置き手を洗ってキッチンに入り込んできた。勝手知ったる我が家か、とツッコミたくなるほどに、棚の開け方に迷いがない。
「お前……」
「なーに?」
「いや、もう今に始まったことじゃないから何も言うまい。朝はフレンチトースト、俺はオムレツも焼いちゃうけどどうする?さすがに卵ばっかでくどいか?」
「んーん、私も欲しい!」
「おっけー、俺オムレツ作ってるからフレンチトースト焼いといてくれ。冷蔵庫のタッパーに入ってるから」
「はーいわかった!」
手際よく準備を進める彼女を横目に、俺も冷蔵庫を開ける。
取り出したのは卵、最近値段が上がって家計を苦しめているこの楕円形の球体だが、やはり生活の中で食べない訳にはいかない。まぁ俺が好きなだけだが。
もう秋津も部屋に来ているし、卵液を濾したりと凝ったことはしない。
相棒ことフライパンにバターを溶かすと、小さな泡を出しながら表面を滑っていく。十分に熱くなったフライパンに勢いよく溶いた卵液を流し込む。
ジュッと小さく音を立てたフライパンを見て、秋津がこちらに身を寄せた。
「この卵の海!って感じの光景好きなのよね〜もう美味しい」
食欲モンスターは料理ができる前からもう美味しいらしい。どんな味覚?嗅覚?してるんだよ。
「言わんとすることは分からんでもないが」
よそ見をしつつも彼女のコンロにフライパンがセットされる。
「んじゃ、私も始めますか」
彼女も俺と同じようにバターを溶かす。
「このあわあわで滑ってくのかわいいよね」
「ほんと、思考回路が同じなのが嫌だ」
「そりゃ同じ高校行って同じ会社で働いてるんだもん。諦めなさい」
やっぱり諦めるしかないらしい。俺も最近そう思ってたところだ。
「まぁ大学は違うがな」
負け惜しみをひとつ。彼女は気にも留めない様子でふんふんと鼻歌を歌っている。何気に上手いんだよな。
フレンチトーストは前日卵液にさえ漬けておけば後はもう焼くだけである。プロの味とは到底言えないものの、いつもよりちょっぴり贅沢できるお気に入りの朝ごはんだ。
さて、手元のオムレツである。塩胡椒で味を整えると素早く端に寄せて形を整える。この料理の大事なところは味付けではない、如何に焦がさないかである。
神経を集中させて手首をトントンと叩く。
なぜか秋津もこちらを見ている。いいからお前はフレンチトーストを焼いててくれ。
意を決して手首を上へ。軽く宙を舞った黄色は一回転してフライパンの元の位置に収まった。
よかった、毎回緊張するんだよなぁ。
隣でぱちぱちと手を叩いている食欲モンスター。
「ん〜何回みても壮観ね」
それだけ呟くと、また上機嫌な鼻歌にBGMが変わる。
完成した料理たちをいつものテーブルに運ぶ。秋津様によると、今日は対面で座るらしい。
向かい合った彼女の顔を見る。
「「いただきます」」
昨日は一人だった部屋に声が二つ響いた。
フレンチトーストにかける蜂蜜を取ろうと手を伸ばしたところで彼女の顔が視界に入る。
いつもよりほんのりと赤い頬、巻かれた左右の髪が上機嫌に揺れる。染め直したばかりだろう、綺麗な茶色の毛が柔らかい光に照らされている。
目を細めて笑いながら口にフォークを運ぶ姿は、唇の紅さも相まって冬によく似合っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます