第51話

 白い息を吐きながら階段を上る。ここは会社の非常階段、俺たちは倉庫に向かっていた。


 小雨の降る夜、時刻は20時半。俺と春海さんは決算資料の作成に必要だからと、経理課から書類の捜索を命じられていた。


 手すりに触れると冷たさで手がかじかむ。


「寒くないですか?鹿見さん」


「正直めちゃめちゃ寒いし帰りたい」


「うぅ…。なんでこんなことに…。」


 別件で春海さんと2人で経理課に顔を出したのが悪かった、やり手の経理課長にあれよあれよと部屋に連れ込まれ、決算で必要な書類についてこんこんと説明を受ける羽目になってしまった。


 鈴谷君も呼ぼうと思ったが別件で小峰さんに連れ去られてそのまま定時退勤、相澤課長は言わずもがなお子さまのお迎えで定時退勤だ。

 先輩ならまだしも、さすがに上司を書類捜索に駆り出す訳にもいくまい。


「春海さん、さっさと探して帰ろうな」


「はい、ぜひに…!」


 冷えた倉庫のノブを回す。ぎぃ、と重々しい音と共に扉が開いた。

 埃っぽい室内はいくつか電球が切れているのか薄暗い。


 つい先日しまったばかりの区画を探す。どこやったっけなぁ。

 あれは小峰さんと残業中のこと、「こんなん誰が使うんだ」って2人で笑いながらお目当ての資料をファイルごと段ボールぶちこんだのを思い出す。

 くそ、あの時もっとまともな思考をしていればこんなことには…。


 後悔先に立たず、手の油分が紙に吸われる感覚に陥りながらファイルを捲っていく。


「先輩、ファイルの色って覚えてますか…?」


 目をしぱしぱしながら春海さんが口を開く。ポニーテールも心なしかしょげているように見える。


 記憶を掘り起こすも数ヶ月前の残業時間のことなんて思い出せない。


「……黄色じゃなかったことは確かだね」


「ほとんど情報ないじゃないですか!」


 目の前には青やグレー、黄色にピンクと色とりどりのファイルが山積みになっている。

 もし今日見つからなかったら明日も1人で頑張ろうとは思うが、後輩を巻き込んでいる以上何かしらの成果、というか該当資料を見つけて帰りたい。


「この箱じゃないですか〜?」


 カタッと軽い音。

 かがんだ彼女の近くの棚が揺れ、上段部からはみ出した段ボールが落ちかけている。


「ちょ、危なっ!」


 咄嗟に近付くと段ボールを手で抑えながら春海さんを抱える。

 いつかのタクシーと同じふわっとした香り。


「あの……」


 目を開けるとくっつきそうな鼻先。赤く染まる頬、まん丸の瞳に吸い込まれそうになる。


「ご、ごめん、段ボール落ちてきそうでつい」


「こちらこそ不注意で…」


 抱きとめた手を離すと、少しの抵抗。揺れる黒髪が視界に映る。

 ジャケットの裾を摘む春海さんは、少し下から俺の顔を見上げていた。


「もうちょっとだけ。もうちょっとだけ駄目ですか…?寒いので」


 きゅっと指の力が強まる。こんな時間に会社の倉庫まで来る人はいない。


 切れかけの電球のジーッという音がやけに響く。確かに寒いよな。


「ごめんね、俺は先輩だから」


 少し力を入れて指を解くと目線を合わせる。

 言葉に迷っていると、彼女が先に口を開く。


「あ、あれじゃないですか!?」


 先程までとは打って変わってはっきりとした声。釣られて後ろを向くと確かにお目当ての資料が。

 それと同時にきゅっと腰に腕が回される。


「じゃあ今日はこれで許してあげます」


 名残惜しそうに離れた指は、俺の顔の横を通るとピンク色のファイルを求めて宙を舞う。



 入ってきた時同様、ドアの重苦しい音が響く。社内にはほとんど人が残っていないのか、ヒールと革靴の音が廊下に反響する。


 やっとの思いで資料を探し当てて帰ってきた事務部屋から外を見ると、粒の小さな雨が雪に変わっていた。



◎◎◎

こんにちは、七転です。

後輩っていいですよね(圧)


今年も暮れ、師走になってしまいましたね。いかがお過ごしでしょうか。相も変わらず私は仕事です。


カクヨムコンが始まりましたが、このお祭りみたいな雰囲気楽しいです。たくさん書き溜めていたみなさんが自信作を大放出って考えると、普段読む作品に飢えてる人の乾きも満たされるんじゃないでしょうか。

拙作はペースを崩さずゆるゆる続けていけたらと思います(というか年末の業務が忙しくてペース上げられそうにないです、季節外れの新人が来るとかなんとかで…)

あと12月最終週は全部忘年会です。この1年で覚えたことよりも忘れることの方が多そう。


みなさんどうぞお身体にはお気をつけください、ではまた!

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