第50話 秋の味覚は駅弁で

 時刻は17時と30分、俺たちは新幹線の駅構内にいた。秋津のお陰で首元も暖かく、無事帰路に着くことができた。


 出張の帰りといえばビールと駅弁、異論は認めるがこの組み合わせで新幹線に乗ったことのない人は一度でいいから試して欲しい。戻れなくなるぞ。


 そんな訳で改札に入ってすぐに解散した俺たちは、それぞれ晩ご飯を選ぶのだった。


 目の前に並ぶのは珠玉の弁当たち。おこわのおにぎりにビーフカツサンド、たこ焼きに御膳と選り取りみどりだ。

 金曜日の夜ということもあって、疲れた社畜たちの姿がまばらに見える。彼らも俺たちと同じく出張に来ていたのだろうか。


 よし、と決めて旬の味覚御膳を手に取りレジへ並ぶ。いやービフカツサンドと悩んだが…。

 ついでに缶ビールとおつまみを購入して乗るはずの新幹線が来るエスカレーター下に向かう。


「あ、マフラーありがとな。薄着だから助かったわ」


 首に巻きっぱなしにしていた薄い紫色のマフラーを外して秋津に渡す。


「いいのよ〜」


 軽く返事をしながら受け取った秋津はそのままマフラーに顔を埋める。

 すぅ、と大きく息を吸ったかと思えばキリッとした顔に戻る。


「おい」


「なによ、返してもらったマフラーを巻いただけじゃない」


 迷惑そうに秋津が首を振る。


「いやいやそれで通ると思うなよ、変態がよ」


「通常運転ですけども」


「なお悪いわ」


 舌戦はいつも通り俺の負け、諦めて長い長いエスカレーターに乗る。そうか右側か。


 会社の都合で出張なのでもちろん経費で指定席。広々した座席に座ると足を伸ばす。


 カシュっとプルタブを開ける。これが疲れた大人の勝鬨だ。なにはともあれとりあえず乾杯、となりで秋津も疲れた顔で銀色の缶を見つめている。


 もう何度目だろう、乾いた喉に琥珀色の炭酸を流し込む。

 苦くて飲めたもんじゃねぇな、そう思ったのは何年前になるだろうか。今では仕事終わりの至福の時間、社畜達の楽園、疲れた身体を癒す特効薬となったビール。


「っはぁ〜〜〜〜〜うま。」


 2人してアルコール臭いため息をつく。重荷のない出張とはいえ長距離移動はアラサーの身体に響くのだ。


「もう私、当分出張はいいかも」


 足をだらんと投げ出し秋津がこぼす。


「わかる。25超えてから長距離移動がきつい」


 さてさて、疲れた身体を癒すためには美味しいご飯が必須である。

 早速ビニール袋から弁当を取り出すと、となりで秋津もごそごそしている。


「お前何買ったの」


「ビフカツサンドよ!どう、一緒?」


「甘いな!俺はそれと迷って旬の味覚御膳だ」


「う〜〜私もそれと迷った!」


 詮もないやり取りをする俺たちを横目に新幹線は進んでいく。

 割り箸で摘んだのはタケノコ。

 他の野菜にはないコリっとした食感にうっすら出汁の味、タケノコ本来の甘みとまぶされた鰹節が広がる。これを米と一緒に炊き込んだ人間は天才だ。


 続けて煮物の椎茸、すでにぷるぷると震えて見目麗しいが、口に含むとその旨みは絶品、噛むと溢れる汁に肉かと錯覚してしまうほどだ。


 秋津のほうを向くと、彼女は大口を開けてビフカツサンドにかぶりついていた。絶対ソースが口周りにつくだろあれ。


 じっと見つめていると彼女がこちらに振り向く。もっちゃもっちゃと口を動かしながら首を傾げた。


「あんはもいふ?」


「まじで何言ってるかわからんから1回飲み込んでからにしてくれ」

 

 ごくんと、まるで漫画の効果音が聞こえてきそうな動きでビフカツサンドを飲み込む。


「あんたもいる?」


「いる」


 少しちぎって手渡してくれたそれを受け取った瞬間、重みに思わず笑みがこぼれる。これ一口は無理だろうが。

 断面にぎっしりと詰まったビフカツ、衣の黒々とした部分から香るソースの匂いだけでビールが進みそうだ。


 ここはかぶりつくのがマナー。人目をはばからず、というかこいつしか見てないし。

 がぶりと一口、ふわっふわのパンにサクサクの衣、次いで肉の圧が口内を満たした。ビールを流し込んでまた一口、うーんこっちにすればよかったか?


 貰ったビフカツサンドを楽しんでいると、秋津はいつの間にか俺の弁当を摘んでいた。おい、それはメインの鮭だろやめろ。


「これ美味しいわね、私こっちにすれば良かったかしら」


「ちょっとにしてくれよちょっとに」


「わかってるわよ」


 窓から見える景色がビル群から山々に変わったところで俺たちの晩ご飯は終了する、大変美味しゅうございました。

 新幹線特有の静寂が車内を支配する。


「そういえばクリスマス近いけど、あんたはどうするの?」


「イブイブは残業、イブも残業、当日も残業の予定」


「是非もないわね…。」


「お前はどうすんの」


「私も仕事かな〜ちょっと大きめの商談あるのよね。いい子にしてるからどこかに残業で疲れて死んだ顔した優しいサンタさんが美味しいご飯作ってくれないかしら」


 チラッチラッと目配せしてくる。やめろやめろ。


「んじゃ各々ということで」


「一応仕事終わりの時間がわかったらチャットちょうだい」


「了解」


 一応部屋を掃除しておくか。こいつ営業終わりに転がり込んできそうだし。というか俺はほぼ確実に残業だがな。


 新幹線は進む。静岡ってなんでこんなに横に長いんだ。

 気付けば隣からすーすーと寝息が聞こえる。忘れていたがこいつ、研修の講師やってたんだよな。


 降りる駅までまだまだ時間があるし俺もゆっくりするか。

 鞄から積読の一冊を取り出すと、手持ち無沙汰にぱらぱらとページを捲った。



◎◎◎

こんにちは、七転です。

早いものでもう50話、これもぜんぶぜんぶ皆さんのおかげです。

話の末尾で大変恐縮ですがお礼をば。

本当にありがとうございます。


ただの社畜がこうやって文章を書き続けられるのも、読んでくださってる実感があってこそです。末永くお付き合いいただけますと幸いです。


さてさてめでたい話といえば、今年度友人の結婚式が4回(3回済)ある見込みなんですよ。私の12万円…………。

とはいえ、3万円出して仲良い友人の晴れ姿を拝んで美味いお酒が飲めると考えれば安いものです。


本格的に寒くなってきました、作中の季節もちょうど追いつきましたね。秋冬は時間をかけて書きたいと思います、季節の雰囲気が好きなので。

今年もラストスパート、どうぞお身体にはお気をつけてお過ごしください。

ではまた!

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