第48話 紅葉落つるは秋と鹿
電車のドアが開く。改札を出てエスカレーターを上がると、とてつもない量の黄色と赤色が目に入る。11月も半ば、紅く染まった葉が宙を舞う季節になった。
もうマフラーを出してもいいかと思うほど気温が低い。昔は秋ってもう少し暖かかった気がするのになぁ。
さて今日は金曜日、なんと出張である。どうして営業でもない俺が出張に行かなきゃいけないんだ……。
とまぁひとりごつものの、割と前からこの出張は決まっていた。そろそろ決算資料の準備に入るとかなんとかで、西側の支社にお邪魔しに来たのだ。
支社のお偉いさんは3年前まで事務課にいらっしゃった方で、俺も小峰さんもかわいがってもらったもんだ。それもあって、本社の人間を呼ぶ時は何かと事務課のメンバーが駆り出される。
無事打ち合わせも午後過ぎには終わり、お偉いさんに美味しい和食屋さんにも連れて行ってもらった。
あとは週末に向けて自宅へ帰るはず……だった。
ここまでは、そう、ここまではよかったんだ。何故か隣にもう1人いるんだよなぁ今回の出張は。
そう、あの食欲モンスターである。
支社内で偶然会ったと思ったら外に連れ出されてしまった。
「やっぱ紅葉と鹿は合うわね〜奈良奈良してきた!」
件の彼女は意味不明なことを言いながら鹿せんべいを買い、群がってきた鹿たちに配っている。
楽しむのが早すぎる。いつ売店で買ってきたんだよ。
「まったく、なんでお前もこんなとこにいるんだよ」
「ドッキリよ!と言いたいところだけど、本当に偶然なの」
話を聞くところによると、支社で行われる営業課対象の研修があるらしく、講師として本社で成績の良い加古と秋津に声がかかったらしい。
しかし加古はプロジェクトの関係で日程が合わず、暇そうに仕事していた秋津が駆り出されたとのこと。
こいつ、いつでも余裕そうに見えて本当は忙しいはずなのに。
道路沿いに目を向けると、人に紛れて鹿が闊歩しているのが見えた。
むしゃむしゃと与えられたせんべいを食らう鹿は、親しみというより野性味を感じる。
お礼とばかりに鼻先を秋津にツンツンと擦り付けている。
「あんたもこれくらい単純だったらいいのに」
「俺も飯おごってくれたら喜ぶぞ」
「そういうことじゃないのよ、このひねくれ者が」
お前は何も持っていないのかとばかりに俺の周りにも鹿が集まってくる。すまん、名前だけはお前たちと同じだから許してくれ。オレ、ワルイシカジャナイ。
それはそうと、なにも俺の打ち合わせと営業課の研修を同じ日程にしなくてもいいじゃないか…陰で糸を引いてる人間がいるのかと疑ってしまう。
公園の水辺を並んで歩く。せんべいを使い果たした秋津には興味が無くなったのか、鹿たちは好き好きに散っていく。まったく現金なやつらだ。
「明日も家でゆっくりしたいしもう帰るか?」
「そうね〜少し散歩したら帰りましょ」
慣れない土地を進んでいく。打ち合わせだけして帰るつもりだったからコートも薄いしマフラーもない。冷たい風が身体に当たる度、寿命の縮まりを感じる。
夕陽に照らされた1200年前の建築は、今なおその厳かな出で立ちを崩さない。誰かが守ってきたんだと思うと、歴史そのものよりもそれを保存した人間の苦労に涙が出る。まぁ何回か再建されてるみたいな話だった気がするが。
薄紫色の街を歩く。一日の中でもこの短い時間が好きだ。自分より少しだけ身長の低い彼女に目を向ける。
真っ黒な瞳に長いまつげ、形の良い唇まで見たところで振り向いた秋津と目が合った。
「見すぎ」
「うっ、すまん」
「意外と視線ってバレてるんだからね。それで?」
「いや何も無いけど」
「あるでしょうが、感想。これだけ見てたんだから」
「うーん……その、綺麗だなって」
口篭りながら答える。今更だがこいつは本当にモテるのだ。こういうカラッとした性格に美形、仕事もできるときたらそりゃそうだ。
いつものクールキャラからか年下にモテると、これは本人談だ。その話になった時、なんとも否定できず気まづかったのを覚えている。
「あたりまえじゃない。この季節は私のものだから」
少しだけ底上げされたパンプスが地面を蹴る。水辺の柵に寄りかかっていた俺の前に彼女は踊り出た。
一瞬、ほんの一瞬だけ時が止まった感覚に襲われる。
ひらひらと舞う紅葉は秋そのもので、
「ところでさ」
目を開く俺を尻目に、彼女は首に巻いていたマフラーを解き、俺へ巻き付ける。
「秋と鹿ってお似合いだと思わない?」
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