第46話
ある火曜日、今日は珍しく定時退勤の予定だ。いやなにか特別予定がある訳ではないが、最近後輩ズ2人の成長がめざましくカバーをする必要がなくなってきたのだ。
せっかく定時で帰るんだ、普段残業していたら行けない店に行こう。
ということでやってきたのはドーナツ屋さん。遅くまで開いててくれるミスターなお店もよく行くが、今回は最寄駅前にある個人経営のお店だ。
ドーナツの穴を穴だけ切り取れないように、残業も定時退勤があって初めて成り立つんだなぁ。
ショーケースに並べられたドーナツを一つ一つ見ていく。彩り豊かに主張する彼らは、まるで宝石のようだった。
うーん、チョコ系もいいしクリーム系もいいな……晩ご飯としてお惣菜系のチョコミートパイとかも捨てがたい。
むむむ…とうなっていると左からサラサラの髪が頬を撫でる。
「有くんはこのチョコがいいんじゃない?私クリームの買うからわけっこしましょ」
ご存知食欲モンスターである。こいつほんとどこにでもいるな。
「お前、後からつけてきたのか?」
「んなわけないじゃない!私も定時で帰れたからドーナツ食べたいなって思っただけよ、自意識過剰〜」
「胸に手を当てて普段の行動を振り返ってくれ」
「胸に触れだなんて、こんな往来で」
「だめだこいつ、脳の大事な部分がやられてる…」
るんるんと楽しげな秋津を引き連れてマンションに向かう。
珍しく彼女が自分の部屋の階を押している。いや珍しくってなんだよ、毎日自分の家に帰ってくれ。
「ごめんね有くん、昨日の残り物が冷蔵庫にあるから晩ご飯は一緒に食べられないの」
「謝るな、というか毎日そうしてくれ」
「いやー寂しがるかなっと思って。その代わりデザートのドーナツは一緒に食べようね!」
「話聞いてな?」
腕が伸びてきたかと思えば、秋津が自分で買った分のドーナツたちを俺に押し付けてくる。
「だからこの子達は預けた!私はご飯食べてお風呂はいってスキンケアして寝巻きで行くから!」
「おい待て家で寝る気満々だろお前」
「当たり前じゃない、しかも明日はいつも通りの出勤時間だから一緒に行きましょうね」
「嘘だろ別々に出勤しようぜ…というか家に帰れよ…」
「あ、そうなると明日のスーツも持ってきとかなきゃ。もう面倒だから何着か置いていい?」
「わかったわかった。俺の負けでいいから着替え増やすのだけはやめてくれ」
最近日を追う事に秋津の私物が寝室に増えてきて困っているのだ。これ以上増やすのだけは阻止しなければ。
「え〜仕方ない、今日のところは諦めましょう」
いたずらっぽい顔からすんっと澄ました顔に戻るとエレベーターのチンっという音。俺の階に着いたようだ。
「んじゃ、またあとで」
「はーい私の分食べないでよー」
「食べんわ、寒いからゆっくり風呂入って温まって来いよ」
「そういうところで優しさ出すんだから」
手をブンブンと振って上の階に消えていく秋津、会社ではクールキャラだからかプライベートでの幼児化が止まらない。
今日も今日とてクラゲのキーホルダーを揺らして帰宅。
手早く晩ご飯を準備する。昨日作ったちくわの磯辺揚げがあるし、うどんにするか。
お湯を沸かして粉末だしを入れる。昔はちゃんと鰹やら昆布やらで出汁を取っていたことを考えると、文明に感謝が止まらない。
冷凍うどんをレンチンして器に開ける。先程の出汁とちくわの磯辺揚げを盛り付けて完成だ。
いつものように手を合わせて呟いた。今日は1人なのになんだか寂しくない気がするな。
「いただきます」
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