第39話 旅行といえば温泉だが異論は認める②
俺たちが昼ごはんに選んだのは蕎麦屋だった。濃紺ののれんをくぐって中に入る。
チェーン店じゃない蕎麦屋に来るのは久々な気がするなぁ。
案内された席についてメニューを広げる。俺は割とすっと決まるタイプだが秋津は悩む。今もメニューめくりめくり、載っている写真とにらめっこしている。こうしている彼女を眺めるのも楽しいものだが、お腹の虫が限界を主張していた。
「おーい店員さん呼ぶぞ」
「ちょっと待って!あと2つで悩んでるの!」
こういう時は全然決まらないので、もう店員さんを呼んでしまう。パタパタと足音を響かせて注文を取りに来てくれる。
「も〜!待ってって言ったのに!」
どうどうと手で食欲モンスターを御する。
「このすだち蕎麦ください」
やっぱり夏はひやっとして爽やかなすだち蕎麦よ。せっかく少し遠出したんだ、金に糸目はつけん。
「う〜〜!じゃあ私も同じのを!」
「以上でよろしいでしょうか?」
「あ、すみません、日本酒冷で1合お猪口2つでお願いします」
せっかく旅行に来たんだ、昼から飲んでやろうじゃないか。前で目を見開いている秋津を見て満足気に注文する。
「まさかお昼からお酒なんて…あんた実は結構楽しんでるわね?」
「実はというか、普通に楽しんでるって。旅行はご褒美になるって言っただろ」
「確かに言ってたわね。それで、私にもお酒飲ませてくれるんだ」
「おう、せっかくだから一緒に飲もうぜ」
「酔わせてどうするつもりよ〜」
「どうもしないって。お前酔ったらへろへろになって寝るだけだろ。今日は自分の布団があるから広々寝れるわ。このあと温泉入るから飲みすぎないようにな」
「は〜い」
駄弁っている間にすだち蕎麦が到着する。見た目のインパクト強すぎるだろ。薄切りにされたすだちが所狭しと並べられたお蕎麦は、顔を離している今でさえ爽やかな柑橘系の匂いを放っていた。
「「いただきます」」
さっそく蕎麦をひと口、普段ならば蕎麦の匂いがするはずが、今回はすっとした匂いが鼻を抜ける。全く別の料理だこれ。
「う、うま〜〜!」
いつもの如く目の前では秋津がもっもっと頬張っている。リスかよ。
濃いめのつゆに冷えた蕎麦、そして皮ごと入ったすだちが夏を引き立てる。暑い日にこれは良い。
普段ならばズルズルといくところ、すだちの風味を長く感じたいから丁寧に食べていく。
蕎麦を楽しんでいると目の前にコト、とお猪口が置かれる。いつの間にか秋津が入れてくれたらしい。
「あんたほんと、ご飯食べてる時は周り見えてないよね。まぁそこがかわいくていいんだけど」
「かわいいかは置いておいて、確かにもう味覚に集中したくて何も見えてないし何も聞こえてないな」
「食への情熱が凄いわね」
「食べることはすなわち幸せだからな」
カチン、とお猪口を合わせてくいっと一息で飲みきる。キツめの辛口がすだちの風味にぴったりだ。
ここで味変、付け合せの豚肉をぱくりと一口。豚肉の甘みと旨みが口の中で弾ける。すだちの酸っぱい清涼感とは真逆の豚肉の脂がこれまた日本酒に合う。
これも普段残業まみれの自分たちへのご褒美だ、存分に楽しませてもらおう。
2人でゆっくりとすだち蕎麦を満喫し、お会計。再びぐうたらすべく俺たちは宿へ向かった。
◎◎◎
こんにちは、七転です。Twitterフォローしてくださった方、ありがとうございます。
そういえば投稿を始めて1ヶ月経ったのを忘れていました。時間の流れとは案外早いものです。1日も欠かさず30日投稿できた記念に、自分もお酒を飲もうかと思います。
ここまで来てまだ5万字、文庫本1冊にもなりません。物語はゆっくりと進んでいきます、どうか皆さんも鹿見と秋津と一緒に季節を感じていただければ幸いです。
長くなるかとは思いますが、しっかり最後まで書くつもりです。これからもどうぞよろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます