第31話
目を覚ますとまず初めに出汁のいい香り、次いで秋津の心配そうな顔が見える。
寝る前よりも身体が幾分軽い気がする。ぐっすり眠れたからか。
「おはよう、鹿見くん。お昼用意したんだけど食べられる?」
「何から何までありがとうな、秋津。いただくよ」
ずいっとお盆に乗せてさしだされたのは、お粥だった。しかし普通のお粥じゃないな、濃い匂いが鼻をくすぐる。
これ鶏ガラか!鼻に抜ける蒸気だけで風邪が治りそうだ。
「じゃあはい、あーん」
目の前にあっつあつのお粥が乗ったスプーンが差し出される。え、このまま食べるの?まぁ嬉しくはあるんだが、口の中でキャンプファイヤーする気か。
「すまん、冷まさせてくれ」
そう言うとスプーンを受け取り、フーっと、息をかけてから口へ運ぶ。しゅんとするなよ、こっちが悪いみたいじゃん。
どうしてこんなにひとが作ってくれたお粥って美味しいんだろう。
口に広がる溶き卵と小口ねぎの香りが鶏出汁の良さを引き出している。じゅわっとした米は噛まなくても喉に流れてくれる。ひとくち嚥下するだけで体の芯から温まってくる。あ、これ生姜か。
社会人になってからこんなに弱ったことが無かったからか、秋津の優しさが沁みる。
「こんな時間にどうして家に」
「家族が倒れました〜って帰ってきたのよ」
「俺休んでたこと言ったっけ?っておい、家族じゃねぇだろ」
「事務課に書類出しに行った時、相澤さんに聞いたのよ。同じマンションに住んでるしいいのよ〜」
「なんだその謎理論は……でもすまん、正直助かった」
「あら素直ね、ずっとそうだといいのに」
言葉を切ると、彼女はお盆を小さなテーブルに置く。
「それで、あの、」
「ん?どうした?」
もじもじと何か言いたそうにしている。
「あの、昨日って何かあった?」
昨日は秋津と会っていないし、夏芽と知り合いだという話は誰にもしていないはずだが。勘か?だとしたら営業課トップは本当に侮れない。
「あぁちょっと顔合わせでな」
「嫌なこと?」
「うーん嫌なことではないんだけどな…この際隠しても仕方ないから言うが、先方企業の担当が元カノだった」
「え……」
顔が固まった秋津が言葉を失う。そりゃびっくりするよな、俺もかなり驚いたし。
「別に何も無いぞ、普通に仕事するだけだ。せっかく加古の案が通ったんだ、全力でやりたいしな」
「そうは言っても…」
何を心配しているんだ、と口を開きかけたところ秋津の手がこちらに伸びてくる。
額に当てられたてはひんやりとしていて気持ちがいい。思わず閉じてしまった目を開けると、思っていたよりも近くに彼女の顔があった。
「鹿見くん、元カノのところにいっちゃわない?」
「どうした突然、行くわけないだろ」
「ちょっと心配になって」
額に当てられた手がそのまま頬に伸びてくる。
「あんた後輩にもすぐデレデレするし。こんなに甲斐甲斐しく看病してくれる美女が近くにいるのに」
むにむにと頬をつつかれる。世話してもらった身だ、今日は好きにさせよう。
「その節は助かりました、ほんとに。でもデレてないからな」
「今日は病人だしそういうことにしてあげましょう」
「突然怒られて突然許されたんだが。もっと優しくしてくれ」
どこで満足したのか彼女の不安げな雰囲気はなくなった。お粥を食べきった俺も眠気に襲われる。
そんな眠たげな俺を見て秋津は微笑んでいる。おい、髪で遊ぶな。
「あんたがベッドにいるところ見るの新鮮ね」
「いつも来た時はお前が占拠してるからな」
もうこれ以上意識を保つのは難しい、どうか起きた時には熱が下がっていますように。そう思いながら再び俺は瞼を閉じた。
意識が沈む直前、ささやくような小さな声で「どこにもいかないでね」と聞こえた気がした。
それはこっちのセリフだろ、お前こそどこにも行くなよ、と。口にできたかどうか定かではないが、俺はそのまま意識を手放した。
◎◎◎
こんにちは、七転です。なんとなんと、週間カテゴリランキングの9位になってました……!
ありがとうございます。レビューもコメントも、☆も♡も本当に励みになります。
ランキングに居続けられているのは一寸の狂いもなく皆様のおかげです。
これはラブコメですが、メインはご飯だということを肝に銘じて書いていきます。気を抜くとラブコメに全振りしそうになるので……。
なお、この作品を投稿し始めてからストックなんてものはできたことがなく、今日書いたものを今日投稿しています。ですので誤字報告大変助かります。
(本音を言えば週3更新とかにしたい。残業時間がやばいので。)
皆さんの隙間時間のお供に慣れるよう、細々と続けてまいります。
引き続きゆるゆるとよろしくお願いいたします。
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