第30話
side:秋津ひより
出勤した私は昨日の商談に関する書類を事務課に届けに行く。いつもの席に目をやるも、そこには閉じられたノートPC。
「お疲れ様です、昨日の書類提出に来ました」
「あら、ありがとう。私が預かっておくわ」
珍しく相澤さんに直接渡す。なぜ彼がいないのか、ここで聞くのはおかしいだろうか。
私からすれば学生時代からの友人であることを隠す意味は無いが、彼が嫌がることをするのも本意ではない。
彼の席を見つめてもんもんとしていると、相澤さんが口を開く。
「鹿見君ね、今日は熱があるって休みなのよ。確か秋津さんは同期だっけ?」
「え、熱…。そうなんです、鹿見君とは同期ですね。書類提出が遅いっていつも怒られてばかりです」
「ちょっと最近働きすぎかしらね。昨日は例のプロジェクト顔合わせ以降どこか上の空だったし」
一言二言、事務課の面々と言葉を交わすと営業部屋に戻る。熱か……。
いつもお世話になってるし、なんて自分に言い訳しながら課長に話しかける。
「課長申し訳ございません。家族が体調不良でして、誰もいないみたいで…本日このまま帰宅してもよろしいですか?」
嘘は言ってない。同じマンションに住んでいてほとんど家族みたいなもんだし。というかそのうち家族に……いまはそれはいいや。
「お、珍しいな。もちろん早く帰りなさい。昨日の商談の処理は?」
「先程既に事務課に提出してきました」
「なら問題ない、普段休まないしもっと有給使っていいんだぞ。」
「ありがとうございます、ご迷惑をおかけします」
手早く荷物をまとめて早歩きで会社を出る。いつもの電車に乗りながら彼にチャットを送るも、返事がない。
昨日の顔合わせで何かあったのだろうか。少し嫌な予感を抱きながらも最寄り駅の改札を抜ける。
あ、食材買わなきゃ。確か鹿見くんは今日スーパー行く予定だったろうし冷蔵庫に何もないはず。冷凍食品くらいいくつか置いときなさいっていつも言ってるのに。
ーーー
スーパーで野菜と卵、風邪の時に欲しくなるゼリーやらスポーツドリンク、それといくつか日持ちしそうなものを買うと彼の部屋を目指す。
おそろいのクラゲのキーホルダーを揺らして鍵を回す。偶然同じマンションに住んでいたなんて、こんな幸運を逃す手はない。
高校生だった私には勇気がなかったから先に彼をとられたが、今はもうそんなことを言ってられない。
自動でつく照明が今日も私を迎えてくれる。洗面台で手を洗うと冷蔵庫を開ける。
あぁやっぱり何も入ってないじゃない。今日は何も食べないつもりかしら。
リビングを覗くも起きていないみたいだ。手早く冷蔵庫に食材を入れると、お昼ご飯の下準備を始める。と言っても沢山おかずを作っても仕方ないので、今日のお昼はおかゆにする。
小さな声で最近のヒットチャートを口ずさみながらネギを刻んでいると、寝室からごそごそと音がする。
彼が起きてきたか、びっくりするだろうなぁ。
冷蔵庫で冷やしていたスポーツドリンクを手に取ると、私から寝室に続くドアを開けるのだった。
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