第27話 祭りはされど突然に(後編)

「隣の人は…彼女さんですか?」


 わたあめを持った春海さんがこちらへ近付いてくる。横目で秋津を見ると、お面を被ったままだんまりだ。

 おい、俺に任せるって感じか。


「奇遇だね。こいつは彼女じゃないよ。学生時代の知り合い」


「あれ、前に言ってらした彼女さんですか?」


 なんで普通に質問されているはずなのにこんなに圧を感じるんだ。そして秋津、お前も圧を放つな。少年漫画かよ。


「いや違うよ。ただの腐れ縁」


 春海さんからは見えないところ、つまり膝の裏あたりを秋津がゲシゲシと蹴っている。じゃあなんて言えばいいんだよ。お前顔隠してるくせに。


「へぇ〜お祭りに2人で来るなんて仲良いんですね。あ、失礼しました、私は会社で鹿見さんの後輩をしている春海と言います。初めまして。」


 声でバレると思ったのか秋津は口を噤んだままお辞儀する。


「すまん、こいつ人見知りで」


 一応フォローしておく。


「いえいえ、お邪魔したのは私の方なので。それより先輩、今度は私と飲みに行ってくださいね?この前約束しましたし。それではまた、明日会社で」


 ふわっと髪を揺らしながら春海さんが通り過ぎていく。確かに、秋津と目を合わせていた気がする。


 ふぅ、と息を吐くと秋津はお面をとる。


「ほんと助かったわ。この狐のお面に感謝ね」


「おい、フォローした俺に感謝しろ。だが本当に助かった、危うくバレるところだったぞ」


「まぁ私としては会社でわざわざ知らないフリするのも面倒だからさっさとバレればいいと思ってるけど」


「勘弁してくれ。お前人気なんだから変なやっかみとかくるだろ。俺は職場では仕事と飯のことだけ考えてたいんだよ」


 また屋台を目指して歩き始める。さっきより少しだけ秋津が近い気がする。

 まぁ言わぬが花…だよな。


「そういえば今度飲みに行くの?」


「んーこの前事務課の打ち上げでそんなこと言ってたような言ってなかったような」


「浮気だ!!」


「おい大きいことで嘘を叫ぶな、後輩と飯行くだけだって」


「まぁ別にいいけど。負けないし」


 声を落として彼女は呟く。こっちを睨んで凄むな。


「お前は何と戦ってんだよ。」


「私のことをただの学生時代からの友達と思ってるバカと」


「はいはい、そんなに怒んなって。ただの友達だとは思ってないって」


 まぁ飼い猫…的な?

 ったくあまりにまっすぐ来られても困るんだよ。


 俺たちの間にあったしっとりとした空気はいつの間にか霧散していた。永遠にこのままじゃいられないことはわかっている。わかっているが、今はこのままとも思ってしまう。


 来た時よりも指何本分か縮まったこの距離も、0にするか離してしまうか、答えを出すのはもう少しだけ待って欲しい。


 というか普通に仕事やばいだろ、俺もお前もドデカプロジェクト抱えてるんだから。


 不意にヒュ〜という音、続いてバンッと弾ける。定刻になったのか花火が上がり始める。

 ラブコメ漫画だったらよく見える場所で肩を並べるんだろうか。

 俺たちはしがない社畜なので、ビール片手に冷やしきゅうりを齧りながら立って見ている。


「ここ花火あるんだな、知らなかった」


「私も知らなかった、なんか得した気分ね」


 明日も仕事だし、混むのもアレだし、ということで花火を背にして家路につく。


 喧騒を抜けた夜道は街灯に淡く照らされている。勢いに任せて言った「ただの友達ではない」という言葉にじわじわとメンタルを削られている。なぜ素直に口にしてしまったのか。


 言葉に遅れて気持ちが込み上げるなんて、まるで花火みたいじゃないか。

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