第26話 祭りはされど突然に(中編)
入口を過ぎれば、そこはもう「祭り」だった。大きな櫓では太鼓がうち鳴らされ、それを中心に出店が並んでいる。
「お、これいいな!」
早速飲み物が売ってる店へと吸い寄せられる。隣に浴衣を着た綺麗な同期?いや俺は!今!酒を欲している!
冷たい水に浸かった缶ビールに手を伸ばし、購入。
カシュっと澄んだ音が鳴る。口をつけてぐっと一息にあおると、黄金色の液体が喉を通っていく感覚がわかる。
苦味と、遅れてきた旨みが身体の渇きを潤していく。音が光に遅れて聞こえる花火みたいだ。
1人夏を感じていると、隣から細い腕が伸びてきて缶ビールをぶんどられる。
「おい何すんだよ!仕事終わりの1杯だぞ!?」
「なーんで私に何も言わずにずいずい行っちゃうの!」
そう言うと缶の残りを全て秋津に飲み干されてしまう。
こいつ……!俺が2本目を買おうと同じ屋台に近付こうとすると、手を捕まれ引っ張られる。
「ご・は・ん!食べましょ」
「お、おう」
目が全く笑っていない彼女に怖気付き、蚊の鳴くような声で返事する。こえぇ。
なんとはなしに繋いだままの手は離さずに屋台を見て回る。
次に目をつけたのは焼きそば。兄ちゃんが頭にタオル巻きながら豪快に腕を振っている。祭りと言えばこれだよなぁ。
「すみません、焼きそば1つお願いします」
「おう、あんちゃん彼女連れかい?箸は2つ付けとくぜ」
「ありがとうございます、助かります」
プラスチックの容器からはみ出るほどの麺、麺、そして麺。紅しょうがのツンとする匂いが食欲をそそる。
「へぇ〜〜彼女って否定しないんだ。なに、そういう気分なの?」
「いーや、否定するのも面倒なだけだ」
「じゃあ今はこうやってくっついてもいいんだ」
「だめです。ほら、そこ座って食べるぞ。酒のおかわりいるか?」
「ほんっとつれないわね。こういうのは雰囲気でなんとかなるもんなのに。私チューハイがいい」
「はいはい、買うから焼きそば持っててくれ」
輪ゴムでかろうじて容器の形を保ったやきそばを秋津に渡す。
彼女用のライムチューハイ、俺用のビールを買って戻る。
「よくライムがいいってわかったわね」
「何年一緒にいると思ってんだよ」
「あ!それ彼氏っぽいじゃん」
「今日はそういう雰囲気なんだろ?」
嬉しそうな秋津を見ていると何も言えなくなる。
2人で焼きそばをすする。濃い、あまりにも濃い。しかしそれがまた酒を進ませる。ソースの味が麺に絡まっているのはもちろん、キャベツやニンジン、豚肉にもしっかりと味が付いていて飽きることがない。
ちょっとさっぱりしたい、と溢れんばかりに盛られた紅しょうがに手をつける。牛丼にも合うが俺は焼きそばについてる紅しょうがも好きだな。
無我夢中で麺を頬張っていると徐々に腹の虫もおさまってくる。
彼女はと言うと、もの凄い勢いで麺を口に入れたかと思えばぐっと缶チューハイを飲み干し息をついている。食べ方が美人営業のそれじゃないだろ。
気が付けば大量にあった焼きそばは跡形もなくなっていた。
お腹も満たされ一息ついていると、遠くで盛況な射的が目に入る。
「秋津、あれやろうぜ、射的」
「あんたゲームで銃撃ってるからって現実でも当てられると思ってるの?」
「んな勘違いはしないが、景品もあるみたいだし」
「いきましょ、私もやってみたい」
列に並び順番を待つ。料金を手渡し、代わりにずしりとした銃を受け取る。
狙うは1等のゲーム機ハード……ではなく、あの狐のお面とかいいな。
装弾数は4発、見せてやるぜ某FPSで鍛えたスナイパーの実力。
ポスっと間抜けな音を発して、コルクはあらぬ方向に飛んでいく。やはり実際に撃つのとは感覚が異なる。
確かな重みを手に感じながら狙いを定める。
2発目はまっすぐと飛んでいき、狐のお面に当たる。
「やるじゃん」
後ろから秋津がぺしぺしと腰を叩いてくる。なんかムカつくな。
「お前もやってみろよ」
銃を渡すと、意外にもすんなりと構える。美人って何しても様になるな…ずるくね?
おいおい、前にかがみすぎるな見えるだろうが。
彼女の放った弾丸は放物線すらも描かずにまっすぐと俺が当てたお面の隣のお面に当たる。
上手いな……。
「ほら!私ってなんでもできるし」
残り1発はスナック菓子に当て、無事俺たちは戦利品を手に入れた。
「こればっかりは負けたな…。」
秋津は俺が取った狐のお面をさっそく頭の後ろに着けると、前を歩き出した。
なにか甘いものでも食べたい。あと中身の無くなったこの缶を捨てたい。
依然としていつもよりゆっくりと歩を進める。
前を歩く秋津は俺の手を外すと、突然立ち止まる。
「鹿見くん、ごめん。先に謝っとくわ。つくづくタイミングってのは予想外ね」
そう言うと狐のお面を顔に着けた。
「は?おい、どういうこ…」
俺が言葉を紡ぎきる前に、声をかけられる。
「鹿見先輩、奇遇ですね!隣の人は…彼女さんですか?」
前から歩いてきたのは、浴衣を着てわたあめを持った春海さんだった。
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