第25話 祭りはされど突然に(前編)

 水曜日。一応愛しきわが社ではノー残業デーである。ノー残業デーということはイエス残業デーである。

 は?と思った諸君、言い訳させて欲しい。ノー残業デーということは内線が鳴らず、他課から仕事が回ってこないのである。

 つまり誰にも邪魔されず自分の仕事を片付けることができる、絶好の残業日和ってわけだ。


 しかしこんな残業日和に俺は定時退勤している。ちょっと上の階に住む食欲モンスターに早く帰るよう言われていたからだ。

 結局この後何があるのか教えてもらえないまま定時になってしまった。


ーーー


 クラゲともうひとつの鍵がついたキーホルダーを鞄から取り出し、扉を開ける。

 あれ、あいつ来てるかと思ったがいないのか。


 手洗いとうがいを済ませると、とりあえずジャケットを脱ぐ。外行くなら部屋着に着替えるのもなぁ。

 聞くのが早いか。そう思った俺はスマホを取りだして秋津にチャットする。


『帰ってきたけど、どこ行けばいい?』


 送った直後に部屋のドアが開く。


「おかえりなさい、鹿見くん!無事定時で帰ってこれたようね!」


 いつもの3割増しくらいのテンションで秋津が家に入ってくる。どうしてインターホンを押さない。自分の家だと思ってるのか?


 文句を言おうと秋津の方を振り返り、立ち尽くしてしまった。


「どう?久しぶりに着てみたんだけど」


 黄色に紫の模様が描かれた浴衣を着た秋津がそこにはいた。

 髪はサイドで編み込まれており、まとめてお団子にされたてっぺんには花の髪飾りが添えられていた。いつもより少し紅い頬は、メイクかそれとも。


 思わず言葉をなくした俺に満足したのか、彼女はにんまりと笑ってこちらへ近づいて来た。


「いいでしょー!高校生以来じゃない?今日は地元のお祭りにいきます!」


 まだ呆然としている俺を秋津は部屋に押し込む。


「ほれほれ、私服に着替えなさいな」


 だが俺も負けてられない。実は俺も浴衣をこっちに持ってきているのだ。

 あんまり待たせるのも良くない、ささっと帯を締めるとリビングに顔を出す。


「え、鹿見くんが浴衣持って来てるとは思わなかった…普段は残業しかしてないくせに」


「あれは自分の意思じゃねぇよ」


「似合ってるじゃない、結婚式は和装にする?」


「しねぇよ話が飛躍しすぎだ、ほら行こうぜ。お腹空いたわ」


「そうしましょ!えへへ、びっくりした?」


「お祭り行くなら言ってくれよ」


「むーそれもだけど!浴衣に!ほら!」


「さぁーどうだろな。俺は綺麗だと思うよ」


 恥ずかしさから目を合わせずに呟く。


「そうやって言えば納得すると思ってるでしょ!でも似合ってるってあんたに言われるのは満更でもないわね。このツンデレが!」


 うりうりと腕を当ててくる。おいやめろ、何がとは言わんが、というか言えないが見えそうなんだよ。


ーーー


 腕を引かれて街を歩く。会社から家に向かう時はお祭りの気配なんて全く感じなかったのに、今ではちらほらと浴衣を着ている人を見掛ける。


 徐々に人が増えてくる。微かに聞こえる祭囃子に年甲斐もなく高揚する。

 隣の秋津も袖をフリフリしながら歩いている。そういえばこいつ午後休取ってたな…?加古が事務課に書類提出しにきた時に言ってた気がする。


 いつもより少しゆっくり歩きながら、俺たちは公園の入口を抜けた。

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