第24話

 バタン、と車のドアを閉める。家まで車持って帰れるのいいな。

 俺は助手席に乗り込むと、シートをリクライニングする。もうこれだけで寝てしまいそうだ。

 隣では秋津が電源ボタンを押している。前は鍵差し込んで回すタイプだったのに、時間の流れとは早いもんだ。


「んじゃま、帰りますか!」


 朗らかに彼女は微笑む。深夜まで残業してこのテンション、やはり営業トップは侮れないな。俺なんかもう天日干しされた昆布みたいなテンションなのに…。


「ほんと疲れてるわねあんた。すぐ着くけど寝る?」


「いや、送ってもらって助手席で寝るのもな…。お前と喋っとくよ」


「眠いと素直でかわいいんだから」


「うるせぇ行こうぜ。頼んだ」


 ブーンと低い音を出しながら車が発進する。湿度はあるものの夜になるとまだまだ涼しい。


「あんた、また仕事抱えすぎじゃない?」


「まぁ人が足りてないのは事実だが…そういうお前もお人好しすぎだろ?他の人の仕事もらってさ」


 ちらっと彼女を見ると街灯に照らされた頬が見える。ほんと、造形はいいんだから。


「いいのよ。私が大変な時は誰かに手伝ってもらうから」


「ほんと、営業課も仲良いよな」


「2ヶ月に1回は飲み会するくらいだからね」


 ほんと、よくやるわ。


「ねぇ。今聞くのもなんだけど、あんたが学生時代付き合ってた彼女って…」


「あぁ社会人になる前に別れたよ。どうした突然」


「んーん、なんで別れちゃったのかなぁと。私たち大学時代はほとんど会わなかったじゃない?」


「そうだな。同じ会社に入ってなけりゃもう会う機会も限られると思ってたよ」


「それはどうかしらね」


「おいおい、含みがあるな」


「鈍感なあんたにはいつか分からせてやるから」


 全く何を言ってるんだ。

 あと3つほど信号を過ぎればうちのマンションが見えてくるか。


「今度飲みに行った時にでも話してやるよ。面白くもない話だが。その代わりお前の話も聞かせろよ」


「私はなーんにもなかったわ、告白はされたけど。私美人だし」


「はいはい美人美人」


「またそうやって適当に…。どうするの、私が誰かと付き合ったら」


「まぁ素直に応援するかな。大学時代みたいに戻るだけさ、秋津さん。合鍵は返せよ」


「はぁ。」


 わかってないというふうに彼女は首を振る。運転中だから前を見てくれ。

 3つ目の信号を通り過ぎる。この時間は人も車もほとんどいない。深夜残業のいいところはここだけだな。


「ま、いいわ。そのうち嫌でもわかるようにしたげるから」


「お手柔らかに頼む」


 もう頭が回らないな、まだ月曜日だという事実が心に重くのしかかる。

 あー週末はゆっくり寝よう。


 俺たちを乗せた車は静かに車庫に入る。サイドブレーキを上げた秋津は、こちらをのぞき込む。


「ほら着いたわよ。帰りましょ」


「おう、ありがとな。助かった」


 2人して車を降りると伸びをする。

 エレベーターでは2人とも黙ったままだ。しかし別に沈黙が苦痛ではない。


 俺の部屋の階にエレベーターが止まる。「開」を押しながら秋津が口を開いた。


「おやすみなさい、鹿見くん」


「あぁおやすみ、秋津。ありがとな」


 夜はまだまだ冷えるがそれでも、それでも通り過ぎた時の彼女からは確かに初夏の香りがした。

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