第23話 残業中ならカップ麺も許される

 時刻は21時30分、事務部屋には俺しかいない。相澤さんはお子さんの迎えで定時退勤、小峰さんは在宅でもう業務終了、鈴谷君と春海さんは別に繁忙期でもないので定時退勤。


 なぜか春海さんはちょっと残業しようとしてたけど。「これ幸い」みたいなん言ってたけど何だったんだろうか。ちょっと若い子とのギャップが怖くなってきた。


 自分の机に大量に散らばったメモを見る。今日のプレゼンを聞いた時にしたものだ。労働は嫌いだが、営業課のやつらが相応に準備したものを切り捨てるのは柄じゃない。しっかり考えた上で俺の推している案を通したい。


 30分前に淹れたコーヒーはもう冷めたが、カフェインの恩恵にあずかろうと口にする。


ーーー


 休憩するか、夜食だ夜食。まだ1週間は始まったばかり、明日からの仕事に備えて栄養補給しなければ。

 自分の机をごそごそと漁る。人のいない部屋だからか、やけに音が大きく響く。


 取り出したのはカップ麺である。しかも待ち時間が3分じゃなくて5分のちょっといい太麺のやつ。ここにビールでもありゃ最高だがここは会社、社会人として最低限の倫理観はある。


 電気ケトルがカチッと鳴る。この家電を開発した人間に誰か紫綬褒章をあげてくれ。

 自席に蓋をしたカップ麺を持ってくる。…とこんな時間にチャットが来ている、誰かまだ働いてんのか?


『まだ帰ってない?』


『おーい!いるでしょ』


『事務部屋の電気ついてんだからあんたでしょ』


 まーたこのパターンか。なんであいつ帰ってないんだよ。営業課は今日各々プレゼンの打ち上げなり、明日以降に始まるプロジェクトに備えて定時退勤なりしてるはずだろ。


『お察しの通りまだいるぞ、お前なんでいるんだよ』


『みんながプレゼンの準備で放置してた仕事を片付けてるってワケ』


『うわ、えらすぎ』


『でしょーほめなさい。ちょっと煮詰まってるからフリースペース来てよ』


『ラーメン持ってるけどいいか?』


『罪ね。私もなにか食べるもの持ってくわ』


 こぼさないよう蓋をしっかり持って事務部屋を出てエレベーターで2つ下の階へ向かう。


 フリー「スペース」とは名ばかりで、そのフロア全てが自由に使えるようになっている。人をダメにするクッションやらソファからしっかりとしたオフィス用の机、ミーティングができるような楕円形の机など、揃い踏みである。


 目的の階に着くと、ぽつんと秋津が座っていた。まぁこんな22時前にここで仕事してるやつなんていないか。

 普段は営業やらミーティングしてる人間がいて活気があるんだが。


「すまん、待たせた。お疲れさん」


「いらっしゃい鹿見くん、うわ」


「なんだよ」


「ちょっといいラーメン食べてるじゃない。しかもそれコンビニ限定のやつじゃない?」


「なんでそんな詳しいんだよ。俺のラーメンコレクションのうちの一つだ」


「家ではカップ麺なんて食べないくせに」


「そりゃ調理器具あるからな」


 彼女は営業部屋で淹れたであろうコーヒーとカロリーなメイトを持っていた。

 どうやったらそんなに綺麗に食べられるんだ…いつもスーツにこぼれるのが嫌で会社じゃ食べられないんだよなぁ。


「それで、鹿見くんはプレゼンの査定どれにするか決めたの?」


「一応な。でも事務課としてこれもいけるってのはちゃんとまとめて報告するつもり」


「あんたほんと真面目ね〜自分の進めたい案だけ推しときゃいいのに」


「俺は裏方だからな、会社の方向とか動かし方はお前らに任せるよ」


「もっと前に出ていいのに。私みたいに」


「お前と一緒にするな、営業トップさん」


「他の人に言われるとムズムズするけど鹿見くんに言われると…いいわね。もっと褒めなさい」


「調子に乗るな」


 頭に軽く手刀を入れると、あでゃっと意味のわからない鳴き声を出す。

 こいつも人前ではちゃんとしてるのになぁ。高校生の時から変わらないな。


「あっそうだ、鹿見くん来週の水曜日空けてて欲しいな。定時で帰りましょ」


「別にいいけど、何かあるのか?」


「それはお楽しみということで」


 突然の誘いに困惑を隠せないが、どうせいつものことなので了承する。どこかご飯食べに行く感じか。


 話の合間に麺をすする。味噌ダレが絡んだ太めのちぢれ麺はのどごしが最高である。ジャンキーな味だが、企業様の絶対に美味いと言わせてみせるという気概と努力が舌を唸らせる。


 本音を言えば味たまやチャーシュー、メンマも欲しいが、ここは疲れた社会人2人しかいないオフィスだ。これだけ美味しいラーメンが5分で食べられることに感謝しないと。


 どこからか取り出した割り箸で、秋津も麺を持ち上げて口へ運ぶ。


「これおいひいわね…限定なのが悔やまれるわ」


「おい俺の夜食をとるんじゃない」


「明日直行で社用車借りるから乗せてってあげるって帰りに。それのお駄賃ってことで!」


 また無茶苦茶な理論を振りかざしてくるが、疲れている今車で帰れるのはありがたい。


 それから少し話すと事務部屋に戻る。23時には帰れるよう頑張るか。


 癪だから本人には言わないが、あいつと喋るとどこか気持ちも軽くなる。

 メモをまとめるとPCに向き合い、俺は改めて報告書の作成にとりかかった。

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