第21話
俺は今どこにいるでしょう。はい、最寄り駅の改札を出たところで外を見て立ち尽くしています。
いや、最寄りに着くまでに電車に乗ってきた人を見て嫌な予感がしていたが…。
現在6月の月曜夜。日本が抱える四季にこそ名前を連ねていないにしてもその存在感は圧倒的。そう、梅雨である。
珍しく定時退勤して加古と飲みに行き、コンペの案やら最近の営業課内部事情について喋っていたらこの有様だ。
確かに朝天気予報を見ずに傘を忘れた俺が悪いが、こんなに土砂降りにならなくたっていいじゃないか。
仕方なくコンビニで傘を買って帰るかと決心したところにスマホがブーッと震える。
通知は秋津からだった。
『今日加古と飲みだったわよね。もう家帰ってる?』
『いや、今最寄りに着いた。雨に打たれて帰るか大人しく負けを認めて傘を買うか迷ってたところだ』
『この季節は朝に予報見なきゃ〜』
『わかってはいるんだが今日に限ってな』
『ちょっとそこで待ってなさい』
『は?』
既読がつかなくなったスマホを見つめ呆然と待つこと10分、家の方角から茶髪をおだんごにまとめた秋津がやってきた。
「もう〜天気予報くらい見なさいよね」
「まさか迎えに来てくれるとは…」
「濡れて風邪ひかれても困るしね、主に事務課が」
急いで来たのか、少し息が上がって足元はびちゃびちゃだった。こんな酔っぱらいなんて置いとけばいいのに。
「何はともあれ、ありがとう。助かった」
「いーえ、ほら帰るわよ」
「あれ、お前傘2本も持ってたっけ、俺の部屋まで取りに行ってくれたのか?」
「そんなわけないじゃない。1本よ」
おかしいと思ったんだよ、手に荷物を何も持ってないから。
それでも今日だけはありがたく隣に入れてもらおう。
駅から家まで普通に歩けば15分、その道のりは長くて短い。
秋津から傘を奪うと少し彼女に寄る。肩と肩は拳1つ分、これが今の俺たちの距離だ。
「加古と何話したの?」
「んー、コンペの案だな。最近話題のあの会社に知り合いのデザイナーがいるってさ」
「あ〜あそこね、この前交流会みたいなのあったわね」
ただあの企業どこかで聞いた気がするんだよなぁ、大学時代に。知り合いとかいなかったはずだが。
「今日はあんたの家で二次会ね」
「えっ…もう結構酔ってるからきついんだが…月曜だし」
「こんなにかわいくて営業成績もいい女の子をほったらかしにした罰よ」
「もう何も言わないが、お前泊まる気だな?」
「いいじゃないー迎えに来たんだしー」
俺が傘を持って左手が塞がっているのをいいことに、彼女は俺にちょっかいをかけてくる。
やめろ、傘が揺れて濡れるから脇に触るな。
「わかったわかった、二次会とか泊まりとかもういいから風呂には入らせてくれ。そしてお前は一旦家に帰るんだ」
「え〜〜鹿見くんがお風呂入ってるの、おつまみ作りながら待ってる」
15分とは短いものである。マンションの前で傘をバサバサと降っていると、秋津がオートロックを開けてくれる。
「おい、ノータイムで俺の部屋の階を押すな」
エレベーターは上へと俺たちを運んでいく。
俺の部屋の前で秋津はポケットから鍵を取り出すと、ガチャリとドアを開ける。本当に、どうして合鍵を渡してしまったんだろうか。
傘を立てかけると靴を脱ぐ。
「おかえりなさい、鹿見くん」
先に入った秋津がこちらを振り返り、手を広げてにっこりと笑う。
「ただいま、秋津」
流石に抱きつくのはおかしいだろと頭にポンと手を乗せる。
上機嫌な彼女は、俺のジャケットを華麗に脱がすと部屋の奥へと進んでいった。
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