第20話 週末ご褒美はチーズ味

 隣駅の昇降口を出るとぬるい夜風が俺を迎えてくる。蒸し暑さはないものの、ひんやりとした風の面影はもうどこにも無かった。


 店の近くであいつを待つ。今日も商談だっけか。

 週末ということもあって、駅前に人通りは多い。早く家に帰りたいサラリーマンとゆっくり歩きたいカップルの攻防が繰り広げられていく。


「待たせちゃったわね」


 緩く髪を巻いた秋津がこちらへと歩いてくる。今日は珍しくスーツではなく、私服だった。


「いや、俺も今来たとこだ」


「あ、これってデートみたいじゃない?」


 黙ってればクール系の美人なのに話すとこれである。まぁこれはこれで……ってなんでもない。


「デートだろうが。2人で会うってお前が言ったんだから」


「え、鹿見くんもそう思ってくれるんだ〜」


 口では勝てないことが学生時代からわかっているので、ここからもう反論はすまい。


「ほら予約してんだから行くぞ」


「は〜い!今日は何食べよ〜前はカルボナーラだったし」


 路地を抜けてステンドグラスが張られたドアを目指す。

 あの店は今日も今日とてカランカラン、と小気味のいい音で俺たちを迎えてくれる。


 せっかく予約だからと、奥にある庭に面した席に通される。すごい、こんな都会の真ん中で自然豊かな庭が見られるとは。


「ねー、ここほんとにいいよね。お庭も綺麗だし」


「そうだな、オフィス街で花を見られるとは思ってもなかった」


 食欲モンスター様も草花は好きらしい。


 前回の反省を活かして、今日はカジュアルなパスタコースを頼むことにした。後はワインを少し。


 銀色の食器に映る秋津もやはり顔がいい。こいつなんで彼氏いないんだ?また聞いとこう。


 仕事の話をしつつ水で口を潤していると、運ばれてきたのはマルゲリータ。

 焼きたてを主張するかのように表面のチーズがポコポコしている。湯気と共に届けられた匂いに、俺と秋津は顔を見合わせる。


「はやく、はやくたべよ!」


「まてまて、俺も我慢できん」


 一緒に置いてくれたピザカッターでマルゲリータを切り分けていく。走る円盤にひっかかるチーズさえ今は振り切りたい。


 とりわけると手に持ちすぐに口へ運ぶ。口いっぱいに広がるトマトの酸味。今畑の中でトマトに囲まれてるかと思うほどだ。

 薄い生地のパリッとした食感を歯が捉えたかと思えば、次の瞬間にはもちもちのチーズの波が来る。絶品である。


 少しの残業で疲れた体にピザが染み渡る。向かいに座る秋津も、リスのように頬を膨らませてピザを口に押し込んでいた。


「う、う、うま〜〜!」


 それだけ言うと、彼女の手はグラスへ。赤ワインが注がれたガラスをぐいっとあおる。

 はぁ、と嘆息するとこちらを見つめて瞬き。


「これ、やばいわ…。体がイタリアに飛んだわよ」


「んな訳あるか、と言いたいところだが同感だ。窯で焼きたてのピザってこんなに美味しいのか」


「ねーやっぱ私の目に狂いはなかったでしょ〜」


 ふふんっと鼻を鳴らす彼女にやられた感はあるが、実際間違ってない。

 得意げな顔をしながらも、秋津はもっくもっくとマルゲリータを口に運んでいる。


 最初は満月だったピザも残り1/4程になった頃、サラダと共にパスタが運ばれてくる。

 少し顔を赤くした秋津は追加でワインを注文する。これ悪酔いの流れじゃねーか。

 まぁでも、こんな金曜日も悪くない。


 再びグラスにワインを満たすと、今日何度目かわからない乾杯をするのだった。

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