第9話 二日酔いは豚汁と共に
寝室のドアを開けると、そこにはベッドの上でミノムシのように布団にくるまった秋津がいた。目は覚めているのかこちらを見つめている。
「おはよう、有くん。」
有くんか、また昔の呼び方を。高校時代は下の名前で呼ばれてたっけ。
「おはよう、秋津。寝ぼけてんのか?」
目をしぱしぱすると徐々に焦点があってくる。
「あれ、なんで私ここで寝てるの?」
「それはこっちが聞きたいわ。人の家に勝手に上がり込みやがって」
「私、昨日……」
「あれだろ、営業の飲みだろ。大方酔って俺の家に来たんだろ毎度毎度本当に」
はっと全てを思い出したのか、秋津が布団の中に埋もれていく。
「おい!逃がすか!」
素早く掛け布団を巻きとると、そこにはモコモコのパジャマが。
暑いだろ、もう4月も終わりだぞ。というか俺の家のどこに置いてるんだこのかさばりそうなパジャマ。
「ひ〜ど〜い!女の子が寝てるのに!」
「うるせぇここは俺ん家だ!自分の家に帰って好きなだけ寝てくれ。」
なおも秋津は起き上がらずに布団の上でもぞもぞしている。
「何だかんだここの方が落ち着くもん〜どう?一緒に住む?もう少し大きい部屋借りて」
「なんでお前と住むんだよ」
「経費節約?」
それは否めないんだよな。固定費が安くなるなら……と考えて頭を振る。別に恋人でもないのになんでこいつと住まにゃならんのだ。
「その手には乗らん。朝ごはん作ってるから食ってから帰るか?」
「ありがと!いただくわ!あんたは昨日寝れたの?私がベッド占拠しちゃってたけど……いつ帰ってきたのか気が付かなかったし」
こいつ地雷踏みやがったな?額に青筋が浮かんでる気がする。
「今だが。」
「え……?は?まじ?」
目をぱっちり開けて秋津が聞き返してくる。
「大マジだ。早く寝たいからさっさと朝飯食って帰ってくれ」
それだけ言い残し朝ごはんの準備に戻る。後ろからん〜〜〜!と伸びをする声が聞こえる。
数分後、ダイニングテーブルの上には先程作った品が並んでいた。焼き鮭にだし巻き、つやつやの白米に具だくさんの豚汁、タッパに入ったたくあんなどなんとも豪華な朝ごはんである。俺からしたら夜ご飯だが。
しずしずと手を合わせる。
「「いただきます」」
最初に何を口に運ぶかで性格って出るよな。俺は味が気になる豚汁を啜った。
出汁が効いているのはもちろん、ほくほくの里芋やサクッとしたゴボウが美味しい。鼻腔を突き抜ける香りは頭にかかった眠気の霧を晴らしていく。
いや今から寝るんだけど。
秋津の方はと言えば、真っ先に箸がだし巻きを目指している。こいつ前からだし巻き好きだよなぁ。
んもんもと咀嚼するとぱぁっと顔を輝かせる。どっちが美味しそうに食べるのやら。
「これ美味しい!ほんとに美味しい!上手いこと言えないけど出汁がぎゅっとしてる!」
「おうおうよかった。だし巻きって上手くできた日は運気が上がる気がするんよな」
そう言いながら俺も黄色い直方体に箸をつける。プルプルと震えただし巻きは、噛んだ瞬間じゅわっと溢れてくる。うーん、成功してる、美味い。
「この鮭も美味しい〜和食食べてる時はほんと日本に生まれてよかったって思うわ」
頬を緩ませながらぱくぱくと箸は進んでいく。
こいつもうなんの躊躇いもないな。俺の家で俺の作ったご飯をお揃いの茶碗とお箸で食べてる。
満遍なく食べ進み、ほぼ同時に食べ終わった俺たちは手を合わせる。
「「ごちそうさまでした」」
食器を流しまで運ぶとリビングのソファに倒れ込む。だめだ、お腹が満たされて眠気が復活した。なんなら先程よりも強い。
遠くで声が聞こえる。
「有くん、ごちそうさまでした。そしてお疲れ様、私のためにありがとね。あとは任せてゆっくり休んで。」
妙に安心する声を子守唄に、俺はそのまま意識を手放した。
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