第8話
自室の鍵を差し込んでがちゃがちゃと回す。キーホルダーにぶらさがったクラゲともう1つの似た鍵が揺れる。
扉を開けてすぐに違和感に気付く。あいつ、酔ってこっちに帰ってきやがったな……!
黒いパンプスを横目に部屋に入ると今日も今日とて自動で照明がつく。
荷物を置きさっさと手洗いとうがいを済ませて冷蔵庫をチェック、よし、何も漁られてない。眠気が瞼を下に引っ張るが、俺には朝ごはんを食べるという使命がある。
二徹明けの体は重い。大学生の頃は二徹からの講義なんて芸当もできたが、今はもう無理だ。まぁあの時はうるさい食欲モンスターが近くにいなかったからというのもあるが。
寝室で眠りこけっているであろう今回の功労者こと食欲モンスターに思いを馳せる。調子乗って勧められるがまま酒を飲んだんだろう。
別に彼女がお酒に弱い訳では無い、弱い訳ではないがアルコールの魔力というものは不思議なもので、判断力を鈍らせる。
お調子者なあいつは酒が入れば入るほどにさらに酒を飲むのだ。永久機関か?
ここ数時間コーヒーしか口にしておらずお腹が空いている俺と、この後のそのそと起きてくる二日酔いモンスターの折衷案だ、豚汁でも作るか。
徹夜明けの重い身体を叱咤激励してエプロンを身につける。
冷凍庫を開けて以前時間がある時にささがきにしたゴボウを取り出す。豚汁と言えばこいつは外せない。ごそごそと奥から里芋を救出するのも忘れない。
後は豚肉か、休日にまとめて買って冷凍しておいたものを解凍する。
残業しすぎで危うく萎びるところだったニンジンと、上に散らす用のネギをまな板に開ける。
「豚汁なら和食だよな〜」
独りごちると冷蔵庫の中身と睨み合いする。あとは焼き鮭とだし巻きだな。
半月切りにしたニンジン、冷凍里芋、ゴボウのささがきを油を敷いた鍋に入れる。野菜は先に炒めたほうが美味しい気がするんだよなぁ。
軽く火を通すと豚肉を広げながら投下する。肉にも火が通りそうな頃、だし汁を入れていく。
豚汁を作っている間にキッチン備え付きのグリルに鮭を2匹並べ、焼いていく。朝から贅沢だ。
お椀に玉子を割り、乾燥しいたけからとった出汁と薄口醤油、みりんを少量加えて溶いていく。砂糖を入れるか迷ったが、何となくしょっぱめな気分なためやめておく。たまに豚汁を確認しアクをとることも忘れない。
四角いたまご焼き用のフライパンに多めの油を敷く。油が足りないと焦げるんだよなぁ。だし巻きは時間との勝負だし。
くるくるっとたまごを巻き上げる。とんとん、と腕を叩いて成形すると表面に焦げ目のない綺麗な黄色。
だし巻きをうまく作れた日はなんだか運気も上がる気がする。
グリルから魚の焼けたいい匂い、豚汁に味噌を溶かせばもう完成だ。時計を見るとまだ7時台。
寝室から「ん〜〜〜」という間延びした声とごそごそと音が聞こえる。匂いにつられてようやく起きてきたか。
俺はエプロンを外すと寝室のドアを開けた。
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