第4話 揚げたてコロッケは残業に効く
昨日の残りの肉じゃがを取り出す。さてどうしてやろうか。
鞄の中からスマホを救出すると、画面がメッセージで埋め尽くされていた。
『おーいまだ家ついてないでしょ!』
『返信しなさいよ!!』
『あーあ、鹿見さんのつくった晩ご飯が食べたいなぁ』
『絶対食べる』
『あんたの家に直帰するから覚悟しなさい』
この調子だとあと2.30分で帰ってくるな。残業が確定してる週にソファで寝たくないんだよなぁ。
別に付き合ってないんだから家に来るの嫌なら止めればいいんだが、高校生の頃からこいつには甘くしてしまう。こう、捨てねこをほっとけない的な?
スマホをBluetoothで接続したスピーカーから気持ちばかりの音楽を流す。何もなしで料理も寂しいし。
深皿に入った肉じゃがをレンジにシュート。コロッケのタネはびしょびしょだとまとまらないから水分を飛ばす。ぴーっとレンジが仕事終了の合図を出す。
この音出したら俺も仕事終わりってことで退勤できないだろうか。
レンジから取りだした熱々の肉じゃがを冷ましているうちに油を準備する。なぜこんな夜中に揚げ物を作ってるんだ…。
ふと我に返るが、残業モンスターが頭に浮かんで直ぐに料理に戻る。
少しは触れるようになった肉じゃがをフォークで潰していく。このまま食べたい欲求に駆られるが、なんとか自制心を保って無心に潰していく。
いい具合になったタネをまとめると片栗粉をまぶし、溶き卵をくぐらせる。本当は次につけるパン粉もオーブンで焼いたりしたらざっくざくのコロッケになるが、深夜にそこまでする元気は無い。
成形したタネを油に投入する。ぱちぱちと音を立てながら揚がっていく肉じゃがたちをゆっくり見ていたいが、そんな暇はない。
冷凍ごはんを2つ、レンジにぶち込んでスイッチを押す。む、ドアの外に気配がする。
インターフォンも鳴らさずにガチャガチャと合鍵を差し込んで堂々と入ってくる。
「ただいま!おつかれ私!」
「あぁおかえり残業モンスター、手洗ってこい。」
「残業美人と呼びなさい!私の分もあるの?晩ごはん!」
最後のところで常識人な彼女は律儀に聞いてくる。ここでないと答えれば、少し悲しそうな顔をして帰るのだろう。
「お前が無茶言うのはいつものことだろ、今日はコロッケな」
「わーい、ありがと!鹿見くん素敵!結婚しよ!」
「しないが。」
るんるんと鼻歌をうたいながら洗面所へと歩いていく秋津。
テーブルにレタスとトマトのサラダとドレッシング、揚げたてのコロッケ、白ごはんを並べる。勝手知ったる我が家の食器棚を開けて、秋津はお箸やコップを持ってくる。
こいつ、自分の家よりうちでご飯食べてる回数の方が多いんじゃないか?俺のプライバシーはどこへ。
「「いただきます」」
手を合わせるや否やコロッケに食らいつく。肉じゃがをもとに作ったからか出汁の香りが強い。そこにざくざくの食感が合わさって、お店で買うのとは違った別の良さがある。
「私も食べる〜」
そう言うとコロッケを小さく切って口へ運ぶ。
「じゅわざくで美味しい!やっぱ残業した日はあんたの手料理だわ〜。役得!」
「おい、俺も残業してんだから適当に何か買って自分の家で食べろよ」
「いいじゃん、いつものことだし〜」
「いつものことなのがおかしいんだって。」
「あ、そうだ。もうお家帰るの面倒だから今日泊まってっていい?」
「いいわけないだろ。明日早いんだって。家に帰ってくれ…だいたい着替えとかどうするんだよ。」
「え〜〜〜〜〜!あんたは知らないだろうけど、私この部屋に着替え一式どころか3日分くらい置いてるわよ。」
「は……?いつのまに……!」
遅めの晩ごはんを食べ終わり、おうち帰るのイヤイヤ期に入り、クッションを抱きしめて離さない秋津をなんとか追い立てて一人の時間を得る。
もう慣れてしまった2人分の食器を洗うと、シャワーを浴びる。
着替えると俺は即ベッドにダイブ、明日からの残業祭りに思いを馳せて照明を消した。
俺のごはんをひたすら食べ尽くす怪物の夢を見た気がする。正夢にならないといいな。
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