第3話
4月某日、桜吹雪もなりを潜めて外は暗い。PCの右下をチラ見すると21時。わが社の定時は18時のはずなのに。それもこれも営業たちが仕事を取ってくるからだ。
いやまぁありがたい話ではあるんだが……来期のボーナスは期待できるなこりゃ。今は19時くらいに後輩2人を帰したツケを、俺と死んだ目をした先輩で払っている。
「これてっぺんまでに終わらんぞ」
「ですよね…。一旦帰って明日早く来ますか…。」
「おう、そうしようそうしよう」
俺の向かいで死んだ目をしばたかせているのは3つ上の先輩、小峰さんだ。御歳30、新婚である。俺が新卒の頃から面倒を見て(もらって)いる。
仕事はできるが何ともパワープレイが多く、その調整に駆り出されること何百回という感じだ。
「どうだ鹿見、缶ビールで乾杯しとくか?」
そう言うとどこからか取り出した銀色のやつを見せびらかせて来る。
「絶対明日に響きますって、この残業週間乗り越えたらどっかで一杯行きましょ。後輩2人も誘って。」
後輩も誘うというのが決め手になったのかすごすごと帰り支度を始める先輩。
もう準備ができている俺はスマホを見る。そういえば冷蔵庫に昨日の残りの肉じゃががあったずだ。
「鹿見帰るぞ〜!」
電気のスイッチに手をかけた先輩からお呼びがかかる。
「今行きます!」
2人並んで会社を出る。振り返ると営業課は一課も二課も電気がついている。そういえば今週末に大型案件のプレゼンがあるんだっけか。
営業課全体を一課二課ごちゃまぜに二分して大手2社にそれぞれ商談するんだっけか。こういう時の連帯感ってすごいよなぁ。
「そういえばあの案件次の金曜じゃねぇか。これ週末出勤だぞ。」
休日出勤……?聞いたことない言葉だな……。
「うわ、忘れてました。でも案件どっちかでも取れたら今期どころか今年度安泰ですよ。」
「それもそうだな、今週どころか来週まで馬車馬のように働く覚悟で今日は寝るぞ。」
ーーー
最寄り駅から家までの道のりでスマホがブーッと震える。何となく来る気はしてたよ。
通知を見ると予想通り残業モンスターこと秋津からだった。
『おーなーかーすーいーたー!残業!』
『俺もさっき退勤した。今日も遅いか?』
『あと1時間で帰る!今決めた!』
『まぁ頑張れよ、お前らにかかってんだから。俺たちの給料は』
『頑張るから今日家行っていい?晩ご飯作って欲しいな〜』
『だめです。俺明日早い。んじゃおやすみ。』
返信は見ずにスマホを鞄に入れる。俺の家に来るのが恒常化しているように見えるが、これには事情がある。
入社して数カ月して気が付いたが、秋津と俺は同じマンションに住んでいる。俺が703号室であいつが1126号室だ。
やはり営業と事務、家賃にも差が出てやがる。まだ新卒で酒の席に慣れていなかった頃、あいつが潰れて他の同期とタクシー相乗りした際に発覚したのだ。
数年前のことを思い出しながら自室の扉に鍵を差し込む。鍵についたクラゲのキーホルダーが揺れている。
自動で点く照明に迎えられて部屋の奥に進むと鞄を置いて手を洗う。どうせ乗り込んでくる残業モンスター為に何か作るかと、俺は冷蔵庫を覗き込んだ。
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