第2話 パスタはハーフ&ハーフが最強
カランカラン、と小気味のいい音を立ててステンドグラスの張られた扉が開く。空いてるかと首を伸ばして店員さんを呼ぶ。
「ちょっと!こういうのは女性を先に入れるもんじゃないの」
「うるせぇ、普段陽の光にあってない事務員を外に呼び出した罪は重いんだから我慢しろ」
ぶつぶつと文句を垂れている秋津を置いて案内された席につく。
メニューを広げるとなるほど確かに美味しそうだ。昨晩も残業祭りでパンだけ齧って寝たからかお腹は空いている。
「この2つの味を楽しめるハーフ&ハーフを2つ頼んで色々食べるか?初めての店だし」
「ん〜私の口はもうカルボナーラって決まってるの」
「後悔しても知らないからな。俺はこの茄子のミートソースと海老とイカのジェノバ風にしよっと」
ベルを鳴らして店員さんを呼ぶ。さっさと2人分の注文を終えると、先程の商談について秋津が話し始める。
「今日のはやりやすかったわ〜営業先の担当が私と年齢近い女の子でさ〜」
「お、珍しいな。いつもはおっさん相手だって愚痴ってるのに」
「そうそう、おじ様方の趣味の話とかどうでもいいからね」
そうこうしているうちにできたてのパスタが運ばれてくる。自分の前に並べられた湯気立つ麺に思わず嘆息する。
「めちゃくちゃ美味しそうじゃん…。どっちから食べよう」
「うわ、いいな〜ミートパスタありだったなぁ」
「だから言わんこっちゃない。やらんからな」
秋津も言ってたミートソースパスタを口に運ぶ。凝縮された肉の旨みが鼻を通り抜けたかと思えば、しょわっとした歯切れのいい茄子の食感が口を襲う。
「あんたってほんと美味しそうに食べるわね」
「実際ほんとに美味しいからな」
今は喋る暇すら惜しい。
ミートソースはパスタによく絡んで、塩味のしっかり付いた麺の良さを引き出している。これはハーフにしたの勿体ないな。
一方ジェノバ風はあっさり系だ。魚介の出汁だろうか、深海に潜ったかのような美味しさが口の中で開放されたかと思えば海辺で佇んでいるかのような爽やかさもある。
「これレモン入れた人間天才だ…こってりしすぎてない」
「え〜いいな〜!私のカルボナーラも負けてないし」
そう言うと彼女はフォークを使って綺麗にパスタを口に運ぶ。こういう所作が綺麗なところも人気の理由なんだろな。
というか頼んだパスタで勝ちも負けもあるか。
半分くらい食べただろうか、彼女が俺のパスタをじっと見つめている。
「ここの代金出すの私なんだけど。」
「それとこれは話が別じゃん。最初にちゃんとハーフ&ハーフ勧めたし?」
「う〜〜!そうだけど!そうだけどミートソースもジェノバ風も美味しそうなの!」
俺はため息をつくと店員さんを呼び、取り皿と新しいフォークを持ってきてもらう。
「今回だけな」
2つの小皿にそれぞれのパスタを盛っていく。流れ作業でカルボナーラを強奪することも忘れない。
なにか言われるかと思ったが、新しいパスタに夢中なのか文句のひとつもない。
「ん〜!やっぱり人が食べてるの見ると欲しくなるよね」
秋津はにんまりとしながらミートソースパスタを口へ運ぶ。傍から見たら美人が顔を綻ばせてパスタを食べる図だが、俺のなんだよな。
こいつが悪魔だと知らずに騙されてきた人間のなんと多いことか。
パスタの皿が空になり、彼女がお手洗いに立った隙に会計を済ませて外へ出る。
オフィス街に申し訳程度に植えられた桜が舞う。個人スマホがブーッと絶え間なく震えているが無視だ無視。
一緒に帰って噂でもされてみろ、面倒だろ。腕時計を見ると13時27分。
午後からは後輩の仕事じゃなくて自分のを片付けようと心に決めて、俺はエレベーターのボタンを押した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます