第039話 大人の余裕(如月美遊視点)

■如月美遊視点


「今日のヒロはヤバかった……」


 私は家の中に入って高鳴る心臓を押さえながらその場に蹲る。


 今日は一日中、ドキドキしっぱなしで気付かなかったけど、一気に疲労感が襲ってきた。


「何あれ……滅茶苦茶かっこよかった……」


 今日は二人でカラオケに行って昔みたいに好きなアニソンを歌って楽しむだけのつもりだった。


 だから、人目を誤魔化すために昔のような地味な格好と眼鏡をして行った。でも、ヒロはすぐに私だと気づいて声を掛けてきてくれた。


 あれは凄く嬉しかった。


 私がどれだけ変装してもヒロには分かってもらえると知ったから。


 でも、それなら私が中学時代の友達だということにも気づいてほしいと思うのは我儘だろうか……。


 それは置いておいて。


 やって来たヒロの格好が中学時代の物とは全く変わっていた。中学時代はそれこそ学校のジャージとかで遊んでいたのでそういうイメージが強い。


 でも今日のヒロは凄くオシャレな服を着てきた。


 その姿をマジマジと見た時、かっこよすぎて倒れそうになったけど必死に堪えた。


 ヒロがオシャレに興味があると思えないので聞いてみると、自分だけ浮いて皆に迷惑をかけないためだと言う。


 誰かを誘うとは言っていなかったはずなのに、数人で行くと思っていたらしい。


 私のためにオシャレをしてきたわけじゃないと知って少し残念だったけど、二人きりだと知った時のヒロの顔は忘れない。


 とても可愛かった。


 カラオケに入ると、ヒロは相変わらずガチガチだったので、その緊張を解すために私から曲を入れる。


 ヒロも絶対分かる曲だ。


 その曲を聞いた途端、豹変したようにヒロのテンションが上がった。


 そこからは本当に楽しかった。中学の頃に戻ったみたいで。


 ただ、休憩で二人で飲み物を取りに行った時にアクシデントが起こった。


 それは高校のクラスメイトと鉢合わせ。


 あの時実は、口から心臓が飛び出そうなほどに驚いていた。


 でも、ビクビクするヒロを見てどうにかしなきゃと思い、彼の耳元で呟いて冷静を装い、できるだけ普通にしていた。


 そのおかげでどうにかやり過ごすことができた。


 バレなくて心底安堵した。もしバレたら、この関係が終わってしまうかもしれないから。


 その時はその時でヒロを好きだと明言するだけだけど、ヒロに少し迷惑をかけてしまうかもしれない。


 でも、絶対にヒロに何かさせたりしない。そのために女子ネットワークも掌握している。


 何も問題ない。


 それから元々六時間だった予定だったのに、楽しすぎて九時間も歌ってしまった。


 こんなに歌ったのは中学の時以来だと思う。


 クラスの娘たちと一緒に行くカラオケが楽しくないわけじゃない。最近はワイワイ楽しむのも割と好きになった。


 でも、やっぱりなんの気兼ねもなく全力で歌えるヒロとのカラオケは全く別物だった。


「最後のはきゅんとしちゃったなぁ……」


 そして、極めつけは、私がお金を出す前に支払われてしまったこと。


 割り勘のつもりだったのに、ヒロは全額払ってしまった。


 私はデートの時は男が支払う、なんて考えはもっていない。だから、ヒロが割り勘だと言っても別に何も思わなかったはず。


 実際私も頑なに払おうとした。


 これでもそれなりにお金は持っている。カラオケ代を払うくらいわけない。


 でも、今日のカラオケは私からの願い事で、そこにはカラオケ代も含まれている、そう言われてしまっては何も言えなくなった。


 大人しく奢られた。


 そして、帰り際、またカラオケに行く約束をした、二人きりで。


 私はふとクラテシカドライブのDVDボックスを返していなかったことを思い出す。


 その中には貸してくれたお礼を入れていたんだけど、今日一日楽しませてくれたお礼も別に入れて渡した。


「流石にちょっと恥ずかしいかも……」


 そう思いながらも後でヒロがどんな顔をするか楽しみだった。

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