第038話 返却お礼付
「あぁ~、歌った歌った」
如月さんがまるでお腹いっぱい食べて満足した人のようなリアクションをしながらカラオケ店の外に出る。
「そうですね。僕もまさか九時間も歌うとは思いませんでした」
「普通の友達と行くのも勿論楽しいんだけど、オタク趣味が分かる人と一緒に行くカラオケでしか摂取できないものがある」
「それはそうかもしれませんね」
本当に如月さんの言う通りだと思う。沢山の友達と行くカラオケと、趣味嗜好が合う人だけでいくカラオケは全くの別物だ。
僕は友達が少ないし、人付き合いも苦手だからそもそも趣味嗜好が合わないと友達になることが少ない。だから、前者の良さは今はあまり分からないけど、皆とワイワイ歌うの一つの楽しみ方なんだと思う。
「カラオケ代、ホントにありがとね」
「いえいえ。こちらこそ、誘っていただいてありがとうございました。こんなに楽しかったカラオケは久しぶりです」
こんなに楽しませてもらったのに如月さんにお金を出させたら、眞白家は末代まで呪われる。
「そんなに楽しかった?」
「はい」
それは自信を持って言える。
二人っきりだったり、如月さんとの距離が近かったりしてドキドキしてたけど、歌ってるうちにだんだん気にならなくなって、いつしか夢中で歌っていた。
それはやっぱり、漫画やアニメの話題を話すときと同じように、僕と同じ熱量で如月さんが僕の歌に一緒に乗ってくれるからだと思う。
そういうところも彼女の推しポイントだ。
「それじゃあ、また来ようね、二人で」
「……」
体を傾けて僕の顔を覗き込む仕草。
その技は反則なのでレッドカードで一発退場です!!
その威力に耐え切れず、僕は手で顔を覆って如月さんから顔を背けた。
「どうしたの? 大丈夫?」
「あ、いや、大丈夫です。ちょっと目眩がしただけですから」
さらに覗き込もうとする彼女に手を振って制止する。
「それマズいじゃん。後遺症?」
ヤバい。この前入院していたせいか、さらに心配させてしまった。
「いやいや、そういうんじゃないですよ。本当に大丈夫ですから。帰りましょう」
「そ、そう?」
元気アピールをしても、如月さんがまだ不安そうだ。
「はい」
「それならいいんだけど」
「また来ましょう。二人で」
だから、僕は話題を戻してさっきの質問に答える。
「……うん、二人で」
如月さん、一瞬目を丸くしたけど、微笑んで返事をした。
ちょうど建物の隙間から夕陽が差し込み、逆光で光を背負うはまるで一枚の絵画のように美しかった。
「あっ、家に着いちゃった」
「そうですね」
帰りもカラオケの話で盛り上がり、気付いたら如月さんの家の前。
ついさっきカラオケ店の前だった気がしたんだけどな。
もしかしたら、僕たちは転移能力を持っているのかもしれない。
「あ、そうだ。少し待ってて」
「え、なんですか?」
「良いから」
「分かりました」
バタバタと家の中に入っていく如月さんを見送った。
一体なんだろう?
僕何かしちゃったのか?
不安になりながら彼女が戻ってくるのを待つ。
「お待たせ。はい、これ」
「あっ、クラテシカドライブ」
如月さんが持ってきた紙袋を受け取り、中を見て貸していたことを思い出す。
最近色々忙しかったのと、如月さんといることが多くなって忘れてた。
「うん、見終わったから返そうと思って」
「そうでしたか。いつでも良かったのに」
「貸し借りはしっかりしないと。今日は本当に楽しかったよ。また学校でね」
「こちらこそ。それではまた」
僕たちは挨拶を交わして別れた。
今日は人生でも一番楽しかったんじゃないかなぁ。また行きたいな。
名残惜しさを感じながら家まで歩いた。
「ん? 何か入ってる」
部屋に戻って、クラテシカドライブのDVDボックスを定位置に戻そうと思って紙袋から取り出そうとした時、何か入っていた。
それは手紙を入れるような封筒。
封はされていなかったので、そのまま開いてみる。そこには一枚の手紙が入っていた。
二つ折りになっていたその手紙を恐る恐る開く。
『あ・り・が・と(ハート)』
手書きで書かれていた便箋。
そして、中には一枚の写真が……。
「うっ」
僕は遠隔射撃に寄って心臓を撃ち抜かれ、その場に倒れた。
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