第037話 ニアミス
一人三時間……全く歌える気がしないんですけど……。
そう思っていたのは今は昔。
「あの頃のわたーしは~」
「ふぅー!!」
僕は今すっごく楽しんでいる。
やっばい。なんだこれ。相手に遠慮して選曲しなくていいカラオケ。最高すぎる。
しかも、一緒に居るのは最高に推しの美少女。
今の僕なら何時間だって歌える。
「あぁ~、スカッとした」
「如月さん、ホントに歌上手いですね」
どの曲も多少アレンジが入りつつも、とにかく上手い。
その一言に尽きる。
「いっぱい練習してるから。それを言うなら眞白君も上手いよね」
「僕は曲を思い出しながら歌っているだけですよ」
僕はできるだけ忠実に歌おうと思っているだけなので、本当に美味い如月さんとは比べ物にならない。
言うなれば、ただ音が取れているだけの状態だ。歌いこなしている如月さんとは訳が違う。
「それだけ耳に焼き付いているってことだよね。流石オタク」
「それほどでもないですよ。あっ、飲み物取りに行ってきますね。何がいいですか?」
飲み物の中身がなくなっていることに気付いた僕は立ちあがる。
推しの飲み物を持ってくるのはファンとして当然の嗜み。
「私も一緒に行くよ」
「分かりました」
しかし、如月さんも少し休憩したいとのことで、連れだって部屋を出る。
「あっ……」
僕はそこで思わぬ人物を発見した。
「私はココアにしよ」
「俺は断然コーラ」
それは二人のクラスメイト。如月さんとは別の陽キャグループの女子と陽キャ男子グループの一人だった。
当然、面識がある。
こっちが分かったんだから、あっちも分かるはずだ。
「堂々としてて。そうしてれば絶対バレないから」
「わ、分かりました」
如月さんが後ろから僕に近づき、耳元に顔を近づけて僕に告げる。
ふわぁ……如月さんに耳元で囁かれたら、僕の耳が孕む。
如月さんも二人に気付いたらしい。確かに如月さんは普段とは全然違う格好だ。同一人物だと見破れるのは、仲のいい三人なら、あるいは、というレベルだと思う。
僕も普段とは全然別の格好をしているものの、それほど変わっているわけじゃないし、僕は陰キャのモブだ。
もしバレたとしても、オタク同士がカラオケに来ているくらいしか思われないだろう。
できるだけ自然に振る舞ってジュースの順番を待つ。
「お待たせ」
「行こうぜ」
「うん」
二人は僕たちに気付くことなく、自分たちの部屋に去っていった。
危なかった……。
「ね? バレなかったでしょ?」
「は、はい」
如月さんが自慢げに僕に笑いかける。
「こういうのはオドオドしたり、変に意識すると、その仕草から認識されてバレるんだよ。堂々としていれば、相手は興味を持たないからバレにくいの」
「そ、そうなんですね」
如月さんの堂に入った説明に、僕は納得する。
確かに挙動不審な人がいたら意識しちゃうもんな。
「でも、今日は眞白君にはすぐに私のことばれちゃったけどね?」
「そ、それはすみません」
急に話が変わり、小悪魔のように笑う彼女。
突然責められて僕は謝罪するしかない。
「んーん、いいの。私もすぐに気づいてくれて嬉しかったから。それじゃあ、部屋に戻ろっか」
「は、はい」
気付いてくれて嬉しかった……。
そんな言葉とともに僕に笑いかける如月さんの笑顔に僕の心はヤられてしまう。
部屋に戻った僕たちは、お互いに好きな曲を目いっぱい歌い、時にお互いに歌ってほしい曲をリクエストしながらカラオケを楽しんだ。
気付けば六時間なんてあっという間に過ぎていた。
そして、延長してしまった。お腹が減ったので料理を頼みつつ、僕たちは歌い続けた。
あぁ、こんなに楽しいカラオケは中学の時以来だ。同じ趣味嗜好を持つ人とのカラオケはこんなにも楽しい。
「お支払いは○○円になります」
「これで」
店員さんに金額を言われた時、僕は如月さんが出すよりも早くお金をトレーに置いた。
「えっ……」
「一万円お預かりします……○○円のおつりになります。ありがとうございました」
如月さんが呆然としているけど、僕は店員さんからおつりを受け取って外に出る。
だって、推しと一日中一緒に遊べて、こっちが最高に楽しませてもらったのに、推しにお金を払わせるわけにはいかないでしょ、ファンとしては。
「ちょ、ちょっと、眞白君!? 私も自分の分払うよ!!」
「いいんですよ。楽しかったので。それに僕は普通の高校生よりも稼いでますから」
「それとこれは別だよ」
確かに何か明確な理由が必要だと思う。
それならあの約束を利用させてもらおう。
「じゃあ、今日は如月さんのお願い事を僕が叶える日です。当然それにはカラオケのお代も含まれますよね?」
「……はぁ、分かったよ。今日はお言葉に甘えさせてもらうね。ありがと」
如月さんは諦めたようにため息を吐き、困ったような笑みを僕に向けた。
そんな如月さんも綺麗だった。
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