第036話 カラオケデート
私服姿の如月さんが僕の隣を歩いている。
変装していてもにじみ出るその可愛らしさ。
いつもと同じように歩いているはずなのに、いつもよりも如月さんとの距離が近く感じるのは気のせいだろうか。
「……」
「……」
ヤバい……ドキドキして何を話していいのか分からない。
あれ、いつもは何の話をしていたっけ?
あっと、そうだ。ゲームやアニメの話だ。
「如月さんはどのアニメの曲が好きですか?」
「そうだなぁ。ちょっと多すぎて迷っちゃうよ。眞白君は?」
そう聞かれたら、答えるのが世の情け。
勿論、僕が一番大好きな曲は決まっている。
「そうですね。『陰キャン』のオープニング主題歌"INNAME"が好きですね」
「あぁ~、あれ私も好き。爽快なテンポと爽やかな歌詞がマッチしてる」
好き。
もう、如月さんが軽々しくそんな言葉を使っては駄目だよ。
だって、耳から惚れるから。
「はい。ちょっと自分が歌うには声が合わなさ過ぎて歌う気がしないですけど」
自分が歌うのはなしだ。聞くに堪えない。
「まぁ、女性ボーカルの曲だしね。それじゃあ、私が歌ってあげよっか?」
「ぜひ、お願いします」
「分かった。楽しみにしててね」
うぉおおおおおおおおおおおっ!! 『陰キャン』のメインヒロインが現実に降臨したと言える程可愛い如月さんが、『陰キャン』の主題歌を歌ってくれるとか……神か。
あぁ、うん。如月さんは女神だった。
「お二人様ですね?」
「はい」
「何時間にしますか?」
「六時間で」
「畏まりました。それではこちらのお部屋になります。ドリンクバーは各階にございますのでご自由にお飲みください」
「分かりました」
カラオケでも彼女は慣れたように店員さんと手続きを済ませ、気づいたら僕はカラオケルームに座っていた。
しかも如月さんと並んで。
お互いの方が十センチも離れていないと思う。
近い、近いぞ、如月さん!!
そんなに近くに来られたら、心臓が破裂しそうだから、ステイして。
それにカラオケとは言え、一つの部屋に二人きり。
ゴクリッ。
エッチな妄想が勝手に思い浮かび、思わず喉がなる。ああ、止めろ止めろ。変な妄想をするな。
「今日はとことん歌うよ、アニソン縛りで!!」
そんな僕を尻目に、彼女は隣で太陽のような笑みを浮かべた。
そうだ。今はとにかく歌おう。
『六時間で』
今になってさっきの店員さんとのやり取りを思い出す。
ろ、六時間も歌うの?
そもそも僕はカラオケなんて数えるほどしか来たことがない。しかも家族と中学時代の女友達とだけ。
一人三時間……全く歌える気がしないんですけど……。
いや、推しがやると言ったら、それに応えるのがファンの役目。
やってやる!!
「最初はどっちが歌う?」
「できれば僕は後にしていただけると……」
カラオケはあまり来ないので、如月さんのお手本を聞きたかった。
「そう? 遠慮なく私からいかせてもらうね」
「はい」
如月さんがウズウズしている様子で選曲する。
「こ、これは『クラテシカドライブ』のオープニング主題歌『アンリミテッド』!!」
メロディが聞こえてきた瞬間、僕の心が湧きたつ。
『クラテシカドライブ』はDVDボックスを買うくらい好きな作品。勿論その主題歌も大好きだ。
「えへへ。この前アニメ見てたら歌たくなっちゃったんだよねぇ」
「最初からこの歌が聞けるなんて最高です!!」
「任せてよ」
「はい!!」
大好きな推しの如月さんが歌う、大好きな作品の、大好きな主題歌とか……最高かよ……。
え?
「……」
如月さんが歌い始めた瞬間、僕は黙った。
上手い……上手過ぎる……。
なんだこれ、涙が出る。
僕は思わず聞き入ってしまった。
「あぁ~、スカッとした!! どうだった?」
「……」
如月さんがソファに腰を下ろして僕に感想を求める。でも、僕は余韻に浸ってしまい、返事をすることができなかった。
「下手……だったかな?」
「い、いいえ、とんでもない。如月さんがあまりに上手過ぎて、ちょっと呆然としていました」
悲し気に目を伏せる如月さんにハッとしてすぐに誤解を解く。
「そ、そこまで褒められると流石に照れるね」
「いやいや、全然足りないと言いますか、普通に歌手とかアイドルになれるんじゃないかと」
「そ、そんなに上手くはないよ。ほ、ほら眞白君の曲が始まったよ」
ほめちぎっていると、如月さんが恥ずかしそうに僕を急かす。
はぁ~、その仕草も反則だよ、如月さん。
「すみません。如月さんの歌の後で恐縮ですが、僭越ながら歌わせていただきます」
「あっ、これ、『CCO』の主題歌『インターセプト』だ!! いいよねぇ!!」
僕は一曲歌いきった。
「いい!! すっごく良かったよ、眞白君!!」
「そ、そうですか!? ありがとうございます」
如月さんが興奮して座った僕に前のめりに体を寄せる。
顔がポッキーゲームでもするかのような距離。ふわりと香る如月さんの良い匂い。
僕はドキッとして後退りながら返事をした。
如月さんの睫毛めっちゃ長かった……。そしてあのキラキラした笑顔、可愛すぎて至近距離じゃ直視できそうにない。
「ご、ごめん。もしかして、『ルミナスウィンド』の『コンセントレーション』も歌える?」
「あぁ、好きです。多分歌えると思いますが」
如月さんも流石に近いと思ったのか、すぐにパッと離れて話を続ける。
その顔はほんのりと赤く見える。いや、部屋の照明のせいかな。
「歌って歌って!!」
「わ、分かりました」
如月さんの勢いに押され、僕は彼女のリクエストに応えた。
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