第051話 今でもやっぱり(如月美遊視点)
「うふふっ。今でもやっぱり柊真琴が好きなんだっ」
私はヒロの部屋でのことを思い出す。
今日は私は二年半くらいぶりにヒロの部屋に入った。
室内はあの頃とはガラッと変わってしまっていた。
あの頃の部屋はファンのグッズが所狭しと並べられ、飾られていた。
でも、今の室内は非常に簡素でまるで仕事のための部屋って感じだった。
だから私は少し不安になった。
もしかしたらもう柊真琴が好きじゃないんじゃないかと。
それでもその不安を押し殺し、ヒロの仕事ぶりを拝見する。
似顔絵の時もそうだったけど、一度集中すると、驚くほどにキリッとした表情になって物凄くカッコイイ。
胸がキュンキュンしちゃう。
ものの二十分くらいで見せてくれた簡単なイメージは、それだけでも誰がどのキャラか分かるし、滅茶苦茶可愛かった。
でも、やっぱり自分を意識してほしくてイタズラしてしまう。
イメージに難癖をつけて、実際にどこから見た視点なのかを実演させる。
私が少ししゃがんであざとく上目遣いでヒロを見上げた。
それだけで彼が狼狽えているのが分かって嬉しい。
しかし、ヒロもプロ。
そこから実際にイメージを描き変えてさらにいいイメージができあがった。
それを見てヒロも本当にプロなんだなと思った。
描いてる所を見られたので家に帰ろうと入り口の方に歩いている途中、クローゼットの前に落ちている布が目に入る。
「眞白君、これ落ちてるよ」
「待って、如月さん!!」
「え?」
私が拾ってヒロに見せようとすると、彼の呼び止める声が聞こえて思わず、勢いよく振り向いてしまった。
その布は落ちている物ではなくて、クローゼットからはみ出している物で、私がその布を握ったまま勢いよく振り返ったため、クローゼットの扉が開き、その勢いで中に仕舞われていた物が私に降り注ぐ。
「きゃっ」
私は思わずしりもちをついてしまい、頭を庇うように手を上げて物が落ちてくるのが終わるのを待つ。
そして、手に何かが当たる感触がなくなったので、おそるおそる目をゆっくりと開けると、視界を埋め尽くしていたのは柊真琴のグッズの数々。
そこで私は「あぁ、そういうことか」とピーンと来る。
私はまだまだとはいえ、柊真琴に似ている。
だから、もし柊真琴のグッズが自分の部屋に飾ってあったら、私をキャラ化してグッズを自分で作っているとでも勘違いされて、気持ち悪がられると思っていたんだ。
合点が言った私はイタズラ心で呟く。「これって私?」と。
そうすると、ヒロは本当に顔が真っ青になって今にも死ぬんじゃないかって表情になった。
「なーんてね、冗談だよ!!」
私は自分がやりすぎたことに気付いてすぐに言葉を撤回する。
それでも目を白黒させて混乱している。
ちゃんと冗談だってことを理解してもらわないと。
「これって陰キャンの柊真琴でしょ?」
「は、はい、そうです」
私の質問に、まるで現行犯逮捕された犯人のように返事をするヒロ。
その姿を見て私の心が痛む。
「もしかして勘違いされると思った?」
「は、はい。似ているので、気持ち悪がられるかなと」
ヒロは次の言葉にビクリと体を震わせる。
まさかここまで思いつめるとは思わなかった。
揶揄うような言動も気を付けないと。反省しなきゃ。
ごめん、ごめんね、ヒロ。
「大丈夫だよ。ちゃーんと知ってるからね」
「そ、そうでしたか」
「うん、だから安心してね」
「分かりました」
キャラを知っていることと気持ち悪がったりしないことをきちんと伝えると、ヒロは心の底から安堵した表情になった。
もっと安心させてあげなきゃ。
「眞白君は柊真琴が好きなんだね?」
「はい、実は昔からの推しキャラでして……」
頬を赤らめて話すヒロ。
そりゃあ、似ている私の前で言うのは恥ずかしいよね。
私が好みだって言っているようなものだし。
私はすっごく嬉しいけど。
「私も中学の頃から陰キャンも柊真琴も好きでね。彼女みたいになれるように努力してるの」
だから私も今まで誰にも言ったことのないことをヒロに告白する。
「本当にそっくりだと思います。初めて如月さんを見た時、心から驚きましたから」
「うふふっ。そう思ってくれてたんだ。それは嬉しいな」
ヒロがまるで宝物でも見つめるように優し気な表情で私を見つめる。
そんな顔で見つめられると、嬉しくなって自然と笑みになってしまう。
ここまで言えば、もう大丈夫かな。
それから結局一緒になって眞白君の部屋を元の状態に模様替えすることになった。
そうそう、これでこそ、ヒロの部屋だよね。
元の状態に戻ると、昔のヒロの部屋と近くなってしっくりくる。
もうかなり遅くなってしまったので、流石に大人しく帰る。
その帰り道。
「それにしてもここまで徹底して好きなキャラになろうとするのも凄いですね」
「あ~、それね。好きなのは間違いないんだけど、実は中学時代の唯一の友達が柊真琴のことを物凄い好きだったんだよね」
ヒロが意外な質問をしてきてここがチャンスだと思い、少し踏み込んだ話をする。
「へ、へぇ」
なんとなく思い当たる節があるのか、口許を引くつかせながら相槌を打つヒロ。
「それである時、その友達とは引っ越しで疎遠になっちゃって。でも、また戻ってくる可能性があって、次にその友達と再会した時にびっくりさせてやろうと思ったのと、その人の友達に相応しい人間になりたいと思ったの」
ここまで言ったら、多分ヒロは気付く。
今までだって気付けるだけの情報はあったと思う。
「それで、その人には会えたんですか?」
「さぁ、どうだろうね?」
「あの、如月さんって――」
私が意味深に笑うと、ヒロが意を決したような表情で口を開いた。
「ん? なーに?」
ついに、遂に私のことに気付いてくれた。
私の嬉しくて次の言葉を期待する。
「凄いですよね。そんなに努力できて」
ズコーッ!!
違う、違うよ、そこは!!
私の正体を聞くところだよ!!
結局ヒロが後一歩踏み込んでくることはなかった。
ヒロのヘタレ。
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