第052話 本当に考えるべきこと
昨日のことが頭にこびりついて離れない。
多分、如月さんは僕が中学時代に仲が良かった唯一の女友達、立花美遊本人に間違いない。
でも、正体を明らかにしたからと言ってどうなるんだろう。昔は仲が良かったかもしれないけど、今はスクールカーストで天と地ほどに離れてしまっている。
底辺の僕が、彼女と前みたいに接することはできないし、変な期待を持つことも許されない。推しとして応援するのが一番いい。
それなら過去には触れずに今のままの関係の方がいいんじゃないだろうか。
「ヒッキー、今日は心ここに在らずですなぁ」
「ああ」
「あの子のことですかな?」
「ああ」
「今日は素直ですな」
「ああ」
「まぐわったのですかな?」
「ああ」
「なんと!? もうそこまで進展していたのですかな? ヒッキーは思った以上に手が速かったんですなぁ」
「違うわ!!」
ぼんやりとしていたら、マギーに揶揄われてしまう。
周りが俺たちを変な目で見てくるので声のトーンを落とす。
「それでどうしたんですかな? 間違いなく、あの子のことでしょうが」
「いやぁ、もしかしたら、中学時代の友達かもしれなくてな」
「え、まさか、あの眼鏡の子ですかな!?」
マギーもミューに会ったことがあるので、ギョッとした顔になる。
その気持ちは凄くよく分かる。
「ああ」
「それは、えっと、どういったらいいか……」
「分かる。だから僕も混乱してるんだ」
「あの子がここまで変わるとは信じられませんな」
マギーは如月さんを見て感心するように頷いた。
「だろ?」
「はい。それはあの子が直接そう言ったんですかな?」
「いや、ハッキリとは言ってないけど、多分間違いない」
「つまり、今悩んでいるのは、それをハッキリさせるかってところですか」
「そういうこった」
マギーはすぐに俺の悩みを見抜く。
こいつは一体何なんだ?
超能力者なのか?
そう思ったことは一度や二度じゃない。
「なんで悩むんですかな? ハッキリさせたらいいではないですか」
「いや、だってハッキリさせたからと言って、前のような関係になれるわけじゃないだろ? それなら今のまま推しとして応援すればいいじゃないか」
「本気で言ってるんですかな?」
俺の話を聞いていたマギーがメガネをクイッと上げて真剣な目を覗かせる。
マギーのあまり見ない顔に少したじろぐ。
「勿論だ」
「はぁ……ヒッキーがここまでバカだとは思いませんでしたな」
「なんだと?」
返事を聞いたマギーが呆れたようにため息を吐く。
マギーの行動と言動にイラっとして口調が荒くなる。
「じゃあ、聞きますが、なんで以前と同じような関係には戻れないんですかな?」
「そりゃあ、今の彼女と俺は住む世界が違うし、一緒にいた迷惑がかかるだろ?」
俺が彼女と一緒にいたら、周りから変な目で見られてしまうだろう。
「それは彼女が言ったんですかな?」
「いや、俺がそう思っただけだけど」
「それならそれはただの独りよがりな考えですなぁ。彼女が誰とどう付き合うかは、彼女が考えるべきことであって、ヒッキーが考えることでも、周りが決める事でもないのですよ」
マギーの言っていることは全くその通りだ。
僕は如月さんがどう思うかということを全く考えていなかった。
何よりも大事なのは彼女の意思だ。
「……それでも迷惑が掛かるかもしれないのは事実だろ?」
ただ、悔しくなって食い下がる。
僕と一緒にいることで面倒事が降りかかってくるのは間違いない。
「だから、前を同じ関係になった時に起こる面倒事をどう思うかは彼女次第なんですよ。嫌だなと思えば、前と同じような関係には戻れないでしょうし、そんなことはどうでも良いと思えば、前のような関係に戻るでしょう。ヒッキーはどうしたいのですかな? 以前みたいに付き合いたいのですかな? それとも本当に今のままでいいと?」
「それは……」
そりゃあ、欲を言えば、前みたいな関係になって気兼ねなく遊びたい。
でも、それを僕みたいな陰キャが本当に望んでいいのだろうか。
「もし以前のように付き合いたいのならハッキリさせた方が良いですな。その後、ヒッキーが以前みたいな振る舞いをして、彼女も昔みたいな関係になりたいのならそう振る舞うはずです。たとえ、迷惑が掛かったとしても」
「……」
「受け入れる覚悟があるかどうかなんですよ」
「そっか……」
こいつは相変わらずだな。
普段は俺を揶揄ってくるくせに肝心な時は核心めいたことを言う。
如月さんの正体をハッキリさせること自体はもう問題ない。
ただ、表で以前のように振る舞う覚悟があるかと言えば、今はまだない。
だから、今僕が望むのは前のような関係に戻りつつも、皆には内緒にしておきたい、そんな我儘な関係だ。
如月さんは、ミューは、そんな臆病な僕を受け入れてくれるだろうか。
どんな結果になっても、それを受け入れようと思う。
でも、いつかは自信を持って表でも同じく振る舞えるようになりたい。
今までの僕は、如月さんを推しにすることで、手に入らないものだと諦めていた。
だけどこれからは、彼女の友達として相応しくなれるよう努力したいと思う。
ただ、きっかけを逃してしまった今、もう一度チャンスが欲しい。
そう願った。
「おーい、日直、ちょっと荷物持ってくの手伝ってくれ」
そのきっかけは以外にも早く訪れた。
ホームルームを終えた所で先生からの指示にあった日直は俺と如月さんだった。
俺と如月さんは荷物を持って先生の後をついていき、職員室に入って先生の机においた。
「あ、そこの二人。丁度いいところに。この本、図書室まで運んでちょうだい。受付のところに置いといてくれればいいから」
そこで、他の先生に声を掛けられ、図書室に本を持っていくことに。
二人で本の入った段ボールを抱えて歩いていく。
「まさか手伝いを追加されるとは思わなかったね」
「そうですね。それも僕が持ちましょうか?」
「んーん。いいよ。両方は重すぎるでしょ」
「そ、そうですか」
僕たちは他愛のない話をしながら図書室へ向かった。
昨日の話題には触れないままで。
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