第053話 昔語り
「よっと」
「ふぅ」
僕たちは図書室の受付のカウンターの上に荷物を下ろす。
図書室には誰もいなかった。
如月さんと一緒に居ると、あの頃のことを思い出す。
「図書室……懐かしいです」
僕は意を決して話し始める。
「そうなんだ」
「はい」
如月さんは何も言わず、僕の話を聞く姿勢に入る。
「彼女と仲良くなったのはほんの些細なきっかけでした。彼女は人付き合いが苦手で上手く話せなかったうえに、同世代の女の子が興味がある事に全く興味がなくて話についていけず、独りぼっちになっていました」
あの頃のミューの姿が脳裏に浮かぶ。
女子達からはじき出された彼女は本当に寂しそうにしていた。
彼女の他にも似たような趣味の子がいてもおかしくはないはずなんだけど、ウチの学校には一人もいなかった。
「なんだかその背中が寂しそうで僕は放っておけなくて話しかけました。すると、彼女とは趣味が物凄く似通っていてすぐに仲良くなりました」
実際に話してみると、ただ話すのが苦手なだけで話せないわけじゃないし、急かさずに話を聞けばちゃんと会話できる普通の女の子だった。
僕の好きなアニメやゲームは彼女も好きで、彼女が好きなアニメやゲームは僕も好き。
だから会話が弾むのは必然で、彼女が話すのに慣れてくると、一緒に話すのがすごく楽しくなっていった。
「うん」
僕の話に相槌を打つ如月さん。
その相槌には色々な感情がこもっているように感じる。
「同じ図書委員になり、お互いに部活には入っていなかったので、趣味の合う彼女との時間は自然と増えていきました。そして、いつしか、お互いの家に行って一緒にゲームをして遊ぶようになりました。別にネット回線を通じて遊ぶこともできたはずなんですけどね。その時は一緒にやるのが当たり前だと思っていました」
「そう」
学校では休憩時間や図書委員の時間に深夜アニメや最近読んだラノベやゲームの感想を言い合うようになって、ゲームの話をしていたら家で一緒にやることになった。
そして、一緒にやったら一人でやるよりも楽しくて、さらに一緒にいるようになった。
ネットでつながるんじゃなくて直接一緒にやることで共有できる感覚があったんだと思う。
それから数カ月は本当に毎日楽しくて、中学校が始まってからの半年はあっという間に過ぎていった。
「でも、そんな楽しい時間はある時、失われてしまいました。その彼女は突然何も言わずに引っ越してしまいましたから」
「そうなんだ……」
僕の言葉に悲しげな表情をする如月さん。
彼女がいなくなってしばらくは上の空になってしまって、本当に使い物にならなかった。
それをどうにかしてくれたのもマギーだったっけ。
当時は彼女にも色々事情があったんだと思う。
何も言わずに引っ越さざるを得ないような何かが。
それがしばらく経って分かった。
「その女の子の名前は立花美遊。僕がミューと呼んでいた女の子です」
「うん」
僕は窓の方から如月さんに視線を移す。
「如月さんは、苗字は変わっていますが、名前の漢字はミューと全く一緒だ」
「でも、そんなのいくらでもいるよね?」
如月さんは反論はもっともだ。
「そうですね。でも、あなたはミューと趣味嗜好が似すぎていた。流石にミューが好きな作品すべてを別人が好きになる可能性はずっと下がると思います。ただ、それ以上に、あなたは彼女しか知らないことを知っていた。僕の家の場所やミューが呼んでいた僕の呼び名とか、僕が絵を始めたことも」
「その子に聞いたのかもしれないよ?」
如月さんは頬を掻く。
その時、ミューと如月さんが完全に重なった。
「あはははっ。なんで気付かなかったんだろう。誤魔化すときの仕草は変わっていないみたいですね。そうやって頬を掻く仕草をする時は決まって嘘か誤魔化している時のミューの仕草そのままだ」
「……」
如月さんは押し黙る。
「如月さん、君はミューなんでしょう?」
僕は黙って何も言わない如月さんに最後の質問を投げかけた。
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