第054話 正体

「……そうだよ。私は立花美遊。眞白君が、んーん、ヒロが遊んでくれたミューだよ」


 やっと、僕の疑問が溶けた。


 如月さんは僕のたった一人の女友達のミューだった。


「やっぱりそうだったんですね。なんで最初に言ってくれなかったんですか?」


 分かったところで、理想のヒロインさえ超越しているから、そう変わらなかったかもしれないけど。


 できれば言ってほしかった。


「だって、忘れちゃってるかもしれないじゃない」

「忘れるはずがありません。僕の大切な友達のことを」

「最初……気付かなかったくせに」


 いじけたようにジットリとした目で僕を睨むミュー。


 そっか。彼女からしてみれば、たった半年過ごしただけの友達。

 その上何も言わずに去ってしまったので、僕が覚えているか分からなかったか。


 そして、最初に気付かなかったから尚更不安になったと。


 そりゃあ、言えないか……。


 でも最初で気付けというのは無理がある。


「い、いや、あれは無理ですよ!! ミューが変わりすぎで」


 完全に別人というレベルで顔も体も変わっていたし、性格まで違ったんだから。


 二人で帰ったり、彼女がミューじゃないとつじつまが合わないことが多くなってようやく気付けたわけだし。


 それくらい何もかもが違っていた。


「私、あの時悲しかったんだからね」


 むぅっと頬を膨らませるミュー。


 いつ覚えたんだ、ホント。

 そんなあざとい表情なんてするやつじゃなかっただろうに。


「それはすみませんでした」


 でも、ミューを悲しませたのは事実。


 僕は頭を下げた。


「別にいいよ。あ、気付いたんならいい加減敬語は止めてよ」

「いや、それはまた話が変わるというか……」


 仮にミューだと分かったとしても、今のミューが僕の理想のヒロインだというのは変わらないわけで、そんな彼女とため口で話すのは恐れ多いというかなんというか。


「敬語止めないと口きかないからね」


 つーんと顔を逸らすミュー。


「はぁ……はいはい、分かったよ」

「うん、それでこそヒロだよね」


 僕はどうにか敬語を止めると、ミューは満足そうに頬を持ち上げた。


「なにがそれでこそなんだか……」


 うぐっ。こんなにキラキラした相手に敬語を使わないのはかなりキツイな。


 本能が呼びかけてくる。


 お前はミューよりも下の人間なんだと。


 何かを話そうとするたびに敬語になりそうになる。


「それじゃあ、改めてよろしくね、ヒロ」

「あ、ああ、よろしくな、ミュー」


 手を差し出してくるミューに僕はその手を握ろうとした。


「あっ。名前なんだけど、ミューって子供っぽくない?」

「そ、そうか?」

「うん、だから名前で呼んで?」


 首をコテンと傾けるミュー。


 く、くぅっ!? それは何がなんでもハードルが高すぎるだろ。


 ミューっていうのは元々呼んでいたからどうにかなったけど、推しの下の名前を呼び捨てで呼ぶとか無理でしょ。


「…………遊」

「んんー、聞こえないよ?」


 僕はボソッと呟いたけど、ミューは手を当てて僕の顔に耳を寄せる。


「……美……遊」

「小さいよ。もっと大きな声で」

「美……遊……」

「まだまだ小さい。リピートアフタミー、美遊」

「美遊」


 美遊はまるでインストラクターのように僕の指導を行う。

 それでようやく僕は普通に名前を呼んだ。


 ううううっ。あの如月さんの名前を下の名前を呼ぶなんて……。


 照れてしまうのと、嬉しいのと、恥ずかしいのと、他の人に対する優越感と、様々な感情が渦巻く。


「う、うん、それで大丈夫」


 名前を呼ばれた美遊が頬を赤らめてモジモジする。


 さっきまでの自信満々な美遊は何処に行ったのか。


 はぅっ、可愛すぎかよ!?


 その仕草は僕の心の如月さんフォルダ、もとい美遊フォルダにしまい込んだ。


「なんで自分が照れてるんだよ」

「だってなんだな急に恥ずかしくなったんだもん」


 はぁわわわわわっ。急にだもんとか言うな!!

 そういうのは反則なんだよ!!


「僕は下の名前で呼ばないのか?」

「だって弘明って長いし。ヒロでいいでしょ?」


 こっちだけ名前呼びするのは不公平だと思ったけど、四文字は長くて呼びにくいのは間違いない。


「それもそうか」

「うん、それじゃあ、改めて、ヒロよろしくね」


 美遊が再び手を差し出した。


「み、美遊、よろしくな」


 僕と美遊の手が重なる――


 ――ガラガラガラ


 その瞬間、図書室の扉が開く。


「あっ、あなたたちまだいたの?」


 入ったきたのは僕たちに仕事を押し付けた先生だった。


「は、はい」

「ひゃい」


 僕と美遊は扉の音が聞こえた瞬間に離れて二人とも明後日の方向を向いている。


「なら、ちょうど良かったわ。今日の図書委員が二人とも来れないから手伝ってってくれない?」

「わ、分かりました」

「勿論です」


 僕と如月さんは誤魔化すために手伝いをする羽目になった。

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