第050話 危機一髪?

「なーんてね、冗談だよ!!」

「え?」


 僕は如月さんにゴミでも見るような目を向けられることも覚悟していたのに、なぜか如月さんは笑っていた。


 意味が分からなくて呆然とする。


「これって陰キャンの柊真琴でしょ?」

「は、はいそうです」


 如月さんは立ち上がってタペストリーを持ち上げる。


 な、なんと如月さんは陰キャンのことを知っていた。

 今まで話が出たことがなかったからすっかり知らないと思っていた。


「もしかして勘違いされると思った?」

「は、はい。似ているので気持ち悪がられるかなと」


 僕の心を見透かすように尋ねる如月さんに、僕は素直に頷いた。


「大丈夫だよ。ちゃーんと知ってるからね」

「そ、そうでしたか」

「うん、だから安心してね」

「分かりました」


 如月さんに嫌われていなくて本当にほっとした。


「眞白君は柊真琴が好きなんだね?」

「はい、実は昔からの推しキャラでして……」

「私も中学の頃から陰キャンも柊真琴も好きでね。彼女みたいになれるように努力してるの」


 知っているだけでなくて、如月さんも陰キャンが好きだとは驚きだ。しかもコスプレではなく、柊真琴のようになり切りたい程とは相当な陰キャン好きだ。


 どうりで如月さんが柊真琴に似ているわけだ。彼女の方から似せようとしていたんだから。勿論、本人そのものの顔のバランスやプロポーションからして似ているという土台があるからこそここまで似ているのだろうけど。


 理想を超えるなんてどれだけ努力したんだろう。


 僕には今に至るまでの努力の跡が見えたような気がした。


「本当にそっくりだと思います。初めて如月さんを見た時、心から驚きましたから」

「うふふっ。そう思ってくれてたんだ。それは嬉しいな」


 それは嬉しいな。


 如月さんが僕の言葉で頬をほんのりと赤らめてはにかむ。


 はぁ……恥じらうようなその笑み。可愛すぎて心のフィルムに焼きつけました。


 でも、勘違いするなよ。如月さんが喜んでいるのは柊真琴に近づけているという事実が嬉しんであって、僕に褒められたことが嬉しいわけじゃない。


 そこは間違えないように気を付けないといけない。


「あっと、引き留める形になってしまってすみません」


 そういえば、もうかなり遅い時間だから帰ろうとしていたのを忘れていた。


「んーん。眞白君が陰キャンが好きなことを分かって嬉しかったし」

「それじゃあ、家まで送りますね」

「いや、その前にこれ片付けるの手伝うから」

「い、いえいえ、もう時間も遅いので、僕が自分でやっておきますから」


 如月さんにそんな恐れ多いことはさせられない。


「私が散らかしたようなものだし、手伝わせてよ。時間なら遅くなっても大丈夫だよ。まだお母さん帰って来ないし」

「いえ、遅くなると外を出歩くのは危ないですし」

「何言ってるの? いつも家の前まで送ってくれてるでしょ。何も心配ないじゃん」


 こんな夜遅い時間に僕の部屋に如月さんがいるという事実が、理性を破壊しようとしてくるんです。勘弁してください、とは言えない。


「わ、分かりました。お願いします」


 だから、僕は如月さんの厚意に折れる他なかった。


「こ、これで終わりです。ありがとうございました」

「お疲れ様。これが本当に眞白君の部屋なんだね?」

「ま、まぁ、そうなりますね」


 ただ、片付けるという話だったはずなのに、なぜかグッズを仕舞う前の状態に戻そうと言い出して、如月さんの力を借りて元に戻した。


 その部屋を興味深く眺めている。


 なんだか裸を覗かれているように恥ずかしい気分だ。


「うんうん、これでこそ眞白君の部屋って感じがするよ」

「どういう意味ですか?」

「いや、オタクなのに部屋が綺麗すぎて違和感あったんだよねぇ」


 如月さん鋭い。


 確かに片付けた状態だと、仕事用の机と仕事用の本を仕舞った本棚、そして、ベッドくらいしかなかった。


 でも、今は部屋中にグッズが溢れて何もない空間を満たしている。観る人が見れば分かるのかもしれない。


「それじゃあ、改めて送りますね」

「うん」


 僕は如月さんと並んで夜道を歩く。


 後ろにも気を配り、誰もいないことを確認した。


「それにしてもここまで徹底して好きなキャラになろうとするのも凄いですね」

「あ~、それね。好きなのは間違いないんだけど、実は中学時代の友達が柊真琴が物凄い好きだったんだよね」

「へ、へぇ」


 いやいや、そんなまさかな……。


 中学生の男子と女子が同じラブコメが好きだという可能性は日本中の学校を調べれば、それなりにいるはずだ。


「それである時、その友達とは引っ越しで疎遠になっちゃって。でも、また戻ってくる可能性があって、次にその友達と再会した時にびっくりさせてやろうと思ったのと、その人の友達に相応しい人間になりたいと思ったの」

「それで、その人には会えたんですか?」

「さぁ、どうだろうね」


 如月さんは僕の質問にはぐらかすように答える。


 でも、それは答えを言っているような気がした。


 やっぱり目の前にいるの彼女は、立花美遊と同一人物なんじゃないだろうか?


「あの、如月さんって――」

「ん? なーに?」


 僕は勇気を出して切り出した。

 如月さんにじっと見られた途端、口が動かなくなった。


「凄いですよね。そんなに努力できて」

「まだまだだよ。もっと頑張らなきゃ」

「いやいや、凄いですよ」


 僕はヘタレて話題を変えてしまった。


 でも、どうしてもそれ以上踏み込むのが怖かった。


「それじゃあ、また明日ね。送ってくれてありがと」

「とんでもありません。また明日」

 

 そして結局、如月さんの正体を聞けないまま、彼女の家に辿り着いてしまった。


「僕ってホントに……」


 別れた後、僕はため息を吐く。


 ヘタレすぎる。


「とにかく帰ろう」

 

 聞けなかったものはしょうがない。


 僕は頭を振って家に引き返した。

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