第046話 ゲーム

『美遊:眞白君、今日時間ある?』


 家に帰ると、如月さんからメッセージが届いた。


『美遊:一緒にゲームしない?』


 ゲームしない……ムしない……しない……


 如月さんのメッセージが脳内で彼女の音声で繰り返し再生される。


「ふぁあああああああっ!?」


 俺は再びそんな機会があるとは思わず、スマホの画面を見て大声を上げた。


『美遊:駄目……かな?』


 目を潤ませたスタンプと共に送られてくるメッセージ。


 脳内でスタンプの顔が如月さんの顔に置換される。


 くぅっ!! 如月さんにそんな顔をされたら断れるわけがない。

 今は仕事も片付いて落ち着いてて時間があるから問題ない。


『弘明:はい。大丈夫ですよ』

『美遊:ホント? 良かったぁ。すぐ行くね』


 え、えぇええええっ!? どういうこと!? ウチに来るの? ネットで一緒にゲームするだけじゃないの? ど、どどどど、どうすればいいんだ? 流石に何度も家に上げるのはマズいのでは?


 ええい、そんなことを考えている時間はない。

 このままでは如月さんが来てしまう。


 僕は急いで荷物を置いて私服に着替えた。


 ――ピンポーン


 インターホンがなり、如月さんがやってくる。


 ふぅ……なんとか間に合った……。


「こんにちは~」


 どうにか身だしなみを整えた僕は如月佐さんを出迎える。


「い、いらっしゃいです。どうぞ」

「うん、お邪魔します」


 な、なななな、なんと如月さんは制服のままだった。


 な、なんだこの気持ちは!!

 制服の女の子を家に上げるなんて……破廉恥過ぎるでしょ!!


 アニメやゲームが好きでイラストも描く僕には、制服姿でエッチなことをする漫画が思い浮かんでしまう。


 あぁ、止めろ止めろ。そんな妄想をするな。


 頭をブンブンと振って妄想を吹き飛ばした。


「今日は、ゴブリンハンターやろ」

「分かりました」


 ゴブリンハンターは、世界中に蔓延るゴブリンと、ゴブリンが使役するモンスターを、ハンターというゴブリンを狩る職業の人間になって倒していくゲームだ。


 ゴブリンは、緑色の肌を持ち、醜悪な顔をしている子供くらいの大きさのモンスターで、ファンタジー作品に出てくる雑魚の代名詞。


 でも、このゲームの中のゴブリンは、雑魚からボスまでさまざまな種類が存在し、世界中でその数を増やして、人間に数多の害を与えている凶悪な種族として登場する。


 このゲームは、ネットを介して他の人と一緒に協力してゴブリンたちを倒して遊ぶことができる。


 それならわざわざウチに来る必要はないんだけど、如月さんはなぜかウチにやってきた。


「眞白君、そっちに行ったよ」

「は、はい!!」


 今日も近い!! 最初は少し離れて座っていたはずなのに、一緒に闘っていたら、僕たちの距離はもう数センチも空いてない。


 ドキドキして集中力が切れそうになるけど、必死にゲームをプレイする。


「あ、ああっ!! 眞白君、助けて!!」

「ま、まままま、待っててください。すぐに助けます!!」


 大袈裟に体を動かす如月んさんの方が僕の肩にピトリと触れる。


 ぬわぁああああっ!! き、如月さんの肩が僕に触れた!!


 その感触に体がビクンと震えた。


 それに如月さんが動くからシャンプーの匂いとほんのり甘酸っぱい匂いが混じって僕の本能を刺激する。


 一か所に血が集まる気配を感じた。


 いやいやいや、それはヤバい、ヤバすぎる。耐えろ、耐えるんだ僕。


 もしそんなことになったら、如月さんに嫌われるどころじゃないぞ!!


 おっきしたら死ぬ。


 僕は頭の中で必死にお経を唱えて煩悩を追い払う。どうにか任務をやり終えた。


「今日も楽しかった。ありがとね」

「いえいえ、こちらこそ。とても楽しかったです」


 その後、数時間の間、ひたすら煩悩と戦う時間を過ごした。


「そういえば、なんでわざわざウチに? ネットでも一緒に狩りにいけますよね?」


 僕は疑問に思っていたことを口にする。


 そうすれば、男が一人しかいない家にやってくるというリスクを冒さずに済む。


「だって同じ部屋で一緒にやった方が楽しくない? 楽しくなかった?」


 勿論、如月さんの気持ちは良く分かる。メッセージより通話、通話より対面の方が共有できるもの多くなっていく。


 一緒の空間で楽しさを共有できると、より楽しい。

 カラオケみたいなものかもしれない。


「い、いえ、勿論楽しかったです」

「なら、これからも来てもいい?」


 そんな捨てられた子犬みたいな潤んだ瞳で見るのは止めて下さい。


「い、良いですよ……」


 僕は一瞬で陥落した。


 でも、ちょっと余りに警戒心がなさ過ぎるのではないだろうか。


 僕は男として見られていないし、一ファンとして不埒な真似をする気はない。

 だけど、他の男にもそんな対応をしていたら、ひどい目に遭いかねない。


 心配だ。


「いつも送ってくれてありがと。また明日ね」

「いえいえ、また明日」


 如月さんは満足そうな笑みを浮かべて、自宅に入っていった。

 

 その日から、如月さんが家に来る回数が増えた。


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