第042話 似顔絵を描く
「ど、どうぞ」
「うん」
家の中に招き入れると、僕の前を如月が通る。
フワッと如月さんのいい匂いが香る。
シャンプーや柔軟剤の香り。如月さんもお風呂に入ったのかもしれない。
思わず、如月さんのシャワーシーンを想像してしまう。
駄目だ、駄目だ!!
僕は頭を振って煩悩を追い払った。
「どうかしたの?」
「あ、いえ、なんでもありません。それじゃあ、こっちに」
「分かった」
いつまでもドアを開けたままの僕を不思議そうに見つめる如月さん。
僕はすぐに家の中に戻り、如月さんと先導する。
――ガチャリ
扉が閉まった音が耳に届く。
後ろには如月さんがいる。この閉じられた空間内に如月さんが。
あぁあああああっ!!
ドキドキしてキツい!!
「それじゃあ、ここに座ってください」
「眞白君の部屋で描くんじゃないんだ?」
「えっと、それは流石に……」
「うふふっ。私のことを考えてくれてるんだよね。ありがとね」
如月さんの疑問の答えに詰まる僕を見て、彼女がクスクスと笑う。
はぁ~、可愛ぃいいいいいいいいっ!!
一挙手一投足が可愛すぎて心臓が休まる時間がない。
「はぁ……ふぅ……」
落ち着け。如月さんは何のために来たんだ。
僕に絵を描いてもらうためだろう。
ひとまず飲み物を持ってきてテーブルに置く。
「それじゃあ、描かせてもらいますね」
「よろしくね」
「喉が渇いたら飲んじゃってください。多少動いても大丈夫です」
「分かった」
僕は如月さんの顔を見る。
うっっっっっ!!
いつも微妙に視線を外しているのでこうやって如月さんと完全に視線が合うと、凄まじい眼力だ。
それだけで僕の一番弱い部分を貫かれたような気分になる。
「大丈夫?」
「え、あ、はい。大丈夫です。すみません」
「んーん。気にしないで。何かあったら言ってね?」
「分かりました」
僕が挙動不審になるから如月さんを不安にさせてしまった。
こんなことをしている場合じゃないだろう。
切り替えろ。僕の目の前にいるのは依頼者であり、描くべき対象だ。
見る。視る。観る。
大丈夫だ。もう目が合っても心が揺さぶられたりしない。
僕はペンを持つ。
そして、彼女の魅力の全てをスケッチブックに写し取るために手を動かし始めた。
「ん?」
その時、僕は彼女の変化を感じ取る。
「如月さん?」
「ど、どうしたの?」
僕が話しかけると、モジモジとしていてなんだか少し様子がおかしい。
「いえ、顔が赤くなっていますけど、大丈夫ですか?」
「う、うん。大丈夫だから、続けて。はぁ……ふぅ……」
「分かりました」
挙動不審な感じだけど、如月さんがそういうのなら続けよう。
僕は再びペンを動かした。
「これが限界か……」
僕はそれから必死に描いた。
限られた時間の中で、今の自分が持てる力のすべてを用いて。
それでも現実の如月さんには遠く及ばない。
ただ、以前と比べれば幾分かマシだ。
「ふぅ……」
息を大きく吐いて気持ちを切り替える。
「如月さん、すみません。今の僕ではこれが限界でした」
「見てもいい?」
「はい、どうぞ」
僕はイーゼルを如月さんの方に向ける。
「え……」
その瞬間、如月さんの表情がなくなった。
あぁ……やっぱり、ガックリさせてしまったみたいだ。
「申し訳ありません。僕の力不足で如月さんの魅力を描き――」
「違う、違うよ!!」
ソファから立ち上がり、謝ろうとする僕に駆け寄って制止する如月さん。
あれ? ガッカリしてたんじゃ?
「凄い凄い、凄いよ、ヒロ!! これが私!? ありえない!! あはははははっ!!」
「っ!?」
如月さんが突然僕の手を握って嬉しそうにはしゃぐ。
僕は急に手を握られてビクンと体が震える。
き、如月さんに、て、手を握られているぅうううううううっ!?
ほっそりしていて、柔らかい。
女の子の手ってこんなに柔らかいの?
それに如月さんが大きく動くからまたいい匂いがしてきてドキドキが増す。
「まさか、こんな上手く描いてもらえるなんて思わなかった!!」
「い、いえ、力不足でお恥ずかしい限りです」
如月さんはそう言ってくれるけど、そうやって喜んでくれる目の前の如月さんの方が僕の絵よりも何百倍も魅力的だ。
力不足を嘆かざるを得ない。
「力不足? 何言ってるの!! 私は最高に嬉しいよ!!」
「そ、そうですか……喜んでもらえて何よりです」
あぁ、そっか。自分のことよりも相手が喜んでくれるかが大事なんだ……。
僕は如月さんの言葉に目から鱗が落ちたような気持ちになった。
技術の向上を目指すことは止めないけど、仕事にしろ、趣味にしろ、誰かにイラストを描く時は、相手のことを考えて描こうと思った。
如月さんはいつだって僕に大事なことを気づかせてくれる。
「ねぇ……これ貰ってもいい?」
「それははい。如月さんのために描いたものですから」
そう言う如月さんに、スケッチブックをそのまま渡した。
一枚だと保管も大変だからな。
「そっか、ありがとう!! 額縁に入れて一生大事にするね!!」
如月さんは一度、掲げてじっくりと見た後、裏から優しく抱きしめた。
それはまるで宝物でも抱くように。
だけど僕にはそんな彼女の方が宝物に見えた。
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