第043話 溢れそうになる気持ち(如月美遊視点)

■如月美遊視点


「今日、ヒロの家に行っちゃうんだ……」


 バスケでのことがあったとはいえ、少し急ぎすぎたかな……。


 んーん、もう後悔しないって決めたの。気にしちゃ駄目。


 私は家に帰ってきてシャワーを浴び、ゴールデンウィークの時に買った服を着た夏服に袖を通す。姿見でおかしい所がないか、念入りにチェックして家を出る。


「あっ」


 時計を見ると、結構時間が経っていた。


 少しじっくりやりすぎたかもしれない。


 でもでも、ヒロの家に行くと思うと、色々考えてしまう。


 あんなことやこんなことを。


 ヒロがそんなことをするとは思えないけど、何事も絶対はないから準備をしておくに越したことはない。


 うん、そう。そうに違いない。


「よし!!」


 私は気合を入れるために両頬をパーンと叩いて家を出た。


 ヒロの家の前に着いてインターホンを鳴らす。


 ふぅ……はぁ……久しぶりのヒロの家。

 この前玄関に入ったとはいえ、物凄く緊張する。


「はい」

「お待たせ」


 出迎えてくれたヒロは私服に着替えていた。


 こういう恰好も凄く良い。はぁ……好き。


 この前、カラオケに行った時の格好も良かったけど。

 バッチリ決めるより、少し楽な方がいい。


 案内されてリビングに通される。


 あぁ……懐かしい。


 ヒロの家は、中学一年生の時とあまり変わっていなかった。

 ただ、その空間にいる私とヒロだけの時間が進んだかのようだ。


 あの時の記憶が蘇る。楽しかった記憶が。


 思わず頬が緩んでしまう。


「それじゃあ、描かせてもらいますね」


 飲み物を出されて、準備が整ったところでヒロ対面に座る。


 再会してからお互いに視線をしっかり合わせるということはなかった。


 滅茶苦茶恥ずかしい……!!


 ヒロも同じなのか、視線が右往左往している。


「大丈夫?」

「え、あ、はい。大丈夫です。すみません」

「んーん。気にしないで。何かあったら言ってね?」

「分かりました」


 でも、私とのやり取りを境にヒロの空気が変わった。さっきまでのほんわかした空気から触れたら切れるようなピリッとした空気に。


 そして、ヒロの顔を見ると、真剣な眼差しが私を貫いた。


 え、なになになに、その顔……カッコぃいいいいっ!! 

 無理……本当に無理……。


 その余りにもギャップがあるヒロの顔つきに、顔が熱くなるのを感じた。


 私はその瞳を見ていられなくなって視線を外す。


「如月さん?」


 そんな時に急にヒロに呼びかけられて思わず体をビクリと震わせた。


「ど、どうしたの?」

「いえ、顔が赤くなっていますけど、大丈夫ですか?」


 なんとか返事を返すと、自分でも分かっていることを指摘されて、さらに恥ずかしくなる。


 バレた!? バレちゃったかな!? 

 いや、私の正体に気づいてないからまだ大丈夫なはず。


「う、うん。大丈夫だから、続けて。はぁ……ふぅ……」

「分かりました」


 私はさっきまでのポーズを取り繕う。


 再び、ヒロは描き始めた。


 真剣な瞳が私を、私だけを見つめている。


 私の瞳に映るヒロは、入学時よりも引き締まって、男らしさが増している。


 何も言っていないのにお土産を買って来てくれるし、自分が傷つくことをいとわず私を守ってくれるし、こうやって私のために一生懸命になってくれる。


 それに、高校生なのに仕事をしててし、将来のことをよく考えている。今この瞬間も普段とは違い、物凄く大人みたいだ。


 そして何より、ヒロといると安心するし、楽しい。


 あぁ……やっぱり私はヒロが好きだ。


 でも駄目。今こんなことを言ったら、ヒロは混乱しちゃう。


 思わず心からあふれ出して言葉にしてしまいそうな気持ちを飲み込む。それから私は何度も溢れ出しそうになる気持ちを抑えながら、絵が完成するのを待った。


「如月さん、すみません。今の僕ではこれが限界でした」


 それから暫くしてヒロの雰囲気が柔らかくなる。


 ヒロは悔しそうだけど、絵が完成したみたい。


「見てもいい?」

「はい、勿論です」


 私が尋ねると、ヒロが絵を私の方に向けてくれた。


「え……」


 私はその絵を見た瞬間、言葉を失った。

 人は本当に感動した時、何も言えなくなるって言うのは本当だと知った。


 ヒロが描いてくれた私は、私じゃないみたいに可愛くて、『陰キャン』のメインヒロインの柊真琴そのものみたいだった。


「申し訳ありません。僕の力不足で如月さんの魅力を描き――」

「違う、違うよ!!」


 私が何も言わないでいると、ヒロが突然謝ろうとしてくるのですぐに止めさせる。


 ヒロは勘違いしていた、私が失望していると。


「凄い凄い、凄いよ、ヒロ!! これが私!? ありえない!! あはははははっ!!」

「っ!?」


 私は嬉しさと感動で言葉を失っていただけ。

 気持ちが溢れて思わずヒロの手を握って飛び跳ねる。


 彼は私に手を握られた瞬間、体をビクンと震わせた。


 ちょっと攻めすぎかもしれないけど、今は気にならなかった。


「ねぇ……これ、貰ってもいい?」


 落ち着いた時、恥ずかしくなって絵の話に切り替える。

 こんなに素晴らしい絵はぜひ部屋に飾りたい。

 ヒロが私を思って描いてくれたものなんだから。


「それははい。如月さんのために描いたものですから」

「そっか、ありがとう!! 額縁に入れて一生大事にするね!!」


 私は彼から預かったスケッチブックを大事に抱えた。

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