第033話 退院
「今日あの後、真由美と紗季がね……」
「あはははっ。申し訳ありません」
如月さんといつも帰り道に話すようなたわいのない話をする。
「あ、もうこんな時間だ。私帰るね」
ふと、窓を見てスマホで時間を確認した如月さんが呟く。
僕もつられて視線を向けると、外はもうすぐ日が暮れそうだった。
この病院まで家からそれなりに距離がある。
こんな時間に如月さんを一人で帰らせるのは……。
いつもなら僕がしょぼいなりに壁になっていたけど、如月さんの可愛さは人の領域を遥かに超えているので、一人だと何か事件が起こってしまう可能性がある。
「今日はわざわざお見舞いに居ていただいてありがとうございました」
「んーん、何度も言ってるでしょ。私を庇ってくれたんだもん。これくらい当然だよ」
僕がベッドの上で頭を下げると、如月さんは体の前で手を振る。
「それはそれとして、暗い夜道を一人で帰らせるわけにはいきません」
「大丈夫だよ? このくらい」
如月さんはなんてことはない風に言う。
はぁ……この人は自分がどれだけ魅力的かということを分かっていない。
これから先が思いやられる。
「いいえ、駄目です。これは譲れません」
「い、いつになく、頑固だね」
如月さんが少し顔を引きつらせている気がするけど、それは些細なことだ。
引かれるくらいで如月さんの安全が約束されるなら安い。
「はい。如月さんの安全が掛かっていますから」
「そ、そうなんだ」
今度は何故か恥ずかしそうに頬を染めている。
表情がコロコロ変わって可愛い。
いや、今はそれどころじゃない。
「まずはこのマスクと眼鏡で顔を隠してください。次にこのお金で、●▲タクシーの鷹藤さんという運転手を呼んで帰ってください。この方は母とも付き合いがあるし、小さい頃から知っているの信用できます。でも、信用はできますが、万が一があるのでタクシーは自宅ではなく僕の家にしてください。そして、きちんとタクシーが見えなくなったのを確認してから家に向かうようにしてくださいね」
帰り道だけでなく、一応タクシーの運転手も警戒しておかなければならない。
「なんでそんな物持ってるの?」
「そんなことはどうでもいいんです。分かりましたか?」
「わ、分かった。ありがとね」
如月さんが口元を引きつらせながら諦めたように差し出した物を受け取った。
「いいえ、これくらい当然です」
「そう……かな? また明日」
「はい、また明日」
納得できないような顔をして病室から出て行った。
「また明日?」
ついつい口癖で言ってしまったけど僕は明日も病院だから会わないはずだ。
……もしかして、明日も来てくれるとか?
いやいや、それはないでしょ。流石に如月さんもそこまでお人好しじゃないよね。
そう思って頭を振り、ネットで拾える情報でイラストの勉強をして過ごした。
ただ、僕の考えは浅はかだったことを次の日にお見知らされる。
「こんにちはー」
「えぇ!? ど、どうして?」
「だって心配だし」
「いや、検査結果は連絡しましたよね?」
そう。全ての検査が終わり、特に脳も異常がないということは分かった段階で如月さんにメッセージで伝えていた。
それなのに、目の前に如月さんがいる。
あぁ、綺麗だ……ってそうじゃなくて。
「ちゃんと顔を見ないと安心できないの」
「そ、そうでしたか。今日もわざわざありがとうございます」
ふぅ……まさか如月さんのお人好しがここまでだったとは……。
また新しい推しの魅力を発見してしまった。
これも漫画にして布教しなければなるまい。
「勝手に来てるんだから気にしないで。それよりも今日はさ……」
「へぇ、そうなんですね……」
今日も学校であったことを僕に楽しそうに報告してくれる如月さん。
やっぱり如月さんはそうやって笑ってくれているのが一番可愛い。
暫く歓談した後、如月さんは暗くならないうちに帰っていった。
「退院、おめでとうございます」
「はい、ありがとうございました」
次の日の午前中に僕は退院した。
荷物を持って病院の外に出る。歩くには少し遠いからタクシーかな。
「退院おめでとう」
そんな風に思っていると、玄関の外に如月さんが立って僕を出迎えてくれた。
「どうして……」
土曜日とはいえ、まさか来てくれるとは思わなかった。
毎日如月さんには驚かされてばかりだ。
しかも今日の如月さんは私服だぞ、私服。
カワッ、私服、カワッッッッッ!!
写真とか真実を写す、という意味で写真のくせに、如月さんの魅力を全然写せてないじゃないか!!
まぁ、自分の漫画も
「退院した眞白君を一番に出迎えたかったら」
「そ、それはありがとうございます」
まさか如月さんは女神様の生まれ変わりか何かじゃないだろうか。
僕にこれほど優しくしてくれるなんて……。
如月さんの推し度がストップ高だ。
「一緒に帰ろ?」
「はい」
微笑む如月さんに心奪われつつ僕は頷いた。
僕たちは病院から三十分以上かけて歩いて帰った。
「テストの結果、もうすぐだね」
「そうですね」
いつもより二倍以上長い帰り道。
それでも、全然足りないくらいだった。
私服の生如月さんの衝撃は忘れられそうにない。
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