第027話 私だけ(如月美遊視点)

■如月美遊視点


 それにしても、まさか、あんなことになるなんて……。


 私は、体育のバスケの最初の試合が終わり、女子のクラスメイトに囲まれて当たり障りのないように話していた。


 すっかり試合を見ていなくて、クラスメイトがパスミスしたボールが自分に飛んできていることに気付かなかった。


 あの時、ヒロが助けてくれなかったら、私の顔に直撃していたと思う。


 名前を呼ばれて振り返ったら、一メートルないくらいの所にボールが飛んできていた。全くの不意打ちで私は硬直してしまい、動けなかった。


 次の瞬間、視界にヒロの頭が割り込んできて、その顔にボールが直撃した。ヒロに当たったボールは結構勢いがあって凄い音がした。


 何事もなかったように立っていたヒロがその場に倒れてしまう。


 その顔からは血が大量に流れ出していた。


 私は血の気が引いた。


「眞白君……眞白君……」


 私はヒロの傍にしゃがみこんで彼の名前を呼ぶ。


「あぁ……怪我がなくて……良かった……」


 ヒロは私の顔を見るなりどこにも怪我がなかったことに安堵しように頬を緩めた。


 自分がそれどころじゃないのに……全くヒロは……。


「倒れた時に頭を打ってるかもしれないから動かすな。保険委員、保健室の先生を呼んできれ。俺は一応担架を持ってくる」


 先生の指示に従って周りが慌ただしく動き出す。


「バカ……無茶して……」


 私は涙を堪えることができなかった。


 ヒロが今にも死にそうな顔をしていて不安な気持ち。

 ヒロが私を助けてくれて嬉しい気持ち。

 ヒロの痛ましい姿が見ていて自分も辛い気持ち。


 そういう感情がごちゃ混ぜになって溢れてくる。


「泣かないで……下さい……僕は大丈夫ですから……」


 私が泣いているのに気づいたヒロが微笑む。


 こんな時まで昔みたいに優しいんだから……。


 その直後、彼はゆっくりと瞼を下ろしていく。


「ヒロ……ヒロ……お願い、しっかりして……」


 なんだかそのまま死んでしまうみたいで、私は思わず昔の呼び名で呼んでいた。


「あちゃー、これは当りどころが悪かったわね」


 バタバタと走ってきてヒロを見るなり、顔を歪める保健室の先生。


 先生はヒロの状態を確認して、適切な処置を行っていく。


「軽い脳震盪ね。ひとまず保健室で寝かせて休めましょう」

「担架を持ってきた!! 男子生徒は手伝ってくれ!!」


 保健室の先生の診断が終わった後、体育の先生が戻ってきて男子二人を駆り出してヒロを担架に乗せていく。


「先生、私もついていきます」

「如月?」


 先生は別のチームの方を見ていて事情を知らなかった。


「眞白君は私を庇ってくれたんです」

「そうか。いいだろう。一緒に来てくれ」


 私の言葉を聞いた先生は心情をくみ取ってくれて、私も一緒に行くことになった。


「如月さんって優しいよね」

「そうねぇ。オタク男子に付き添うなんて」

「あいつ、好感度あげようとしてワザと顔で受けたんだろ」

「陰キャの癖に生意気だよな」


 その場から離れようとした時、一部の人たちからそんな声が聞こえてくる。


 私はその時、訳も分からないくらいに怒りを感じた。


 あなたたちはヒロのことをどれだけ知っているっていうの?

 あなたたちは私のなんなの?


「私を助けてくれた人を悪く言うの止めてくれる? 気分が悪いから」


 私は怒りに任せて彼らを睨みつける。


 彼らはそれだけでウッとした表情になってしゃべるのを止めた。


 それでも裏でヒロを悪く言うのを止めないだろう。


 でも、そんなことはどうでもいい。


 ヒロが優しいことは、カッコいいことは、私が、私だけが知っていれば、それでいいんだから。

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