第025話 僕にできること

 テストの勝敗の行方は気になるけど、結果が出るまで少し時間が掛かる。


「それでね……」

「はい、はい……」


 僕たちは、四月の後半に一緒に帰るようになってから、ほとんど毎日のように一緒に下校している。


 ほとんどの人は部活に入っているので、この関係を知っている人は多分いないと思う。


 基本的に如月さんが好きなアニメやゲームの話を語り、僕は聞き役になりながら、所々相槌をうったり、僕の考えを述べたりして盛り上がる。


 如月さんはとても楽しそうに語っていて、そのキラキラとした笑顔を見ているだけでとても幸せな気分になる。


 神様はよくぞ彼女をこの世に誕生させてくれたと思わざるを得ない。


 僕なんかが推しである如月さんと肩を並べて帰ってもいいのだろうか。


 普通に考えて推しのアイドルが相手なら、こんなことお金を払ってもできることじゃない。


 如月さんと同じクラスになれて、家もご近所さんで、好きなアニメやゲームが似ていて、僕はとても幸せ者だと思う。


「やっぱり似てる……」


 ここで思い出すのは、僕が中学一年生の時に仲の良かった女友達。


 彼女とも同じクラスで、家もそう遠くなくて、趣味嗜好が凄く似ていた。今彼女はどこで何をしてるだろう。もしできることなら、また彼女と会いたいと思った。


「ねぇ……」

「……」

「ねぇってば!!」

「ひゃ、ひゃい!!」


 僕は如月さんの大きな声と肩に触れた手の感触で我に返る。


 どうやら僕は女友達のことを思い出していて返事をしていなかったらしい。推しの話を聞いていないなんてファンとして大失態だ。


「もう話聞いてる?」

「す、すみません。ボーっとしてました」


 腰に手を当てて少し不満げな彼女に、頭を下げる。


 如月さんの手が初めて僕に触れた。


 なんだかそこだけ熱くなってきている気がする。徐々に顔も熱くなってくる。あぁ……制服一生洗いたくないな……。


「大丈夫? 体調が悪いとか?」

「うっ、いえ、だ、大丈夫です」


 グイっと顔を近づけてくる如月さんに狼狽えて顔を逸らす。


「ホントに? 顔赤いよ?」

「ほ、本当に大丈夫ですから!!」


 逸らした顔の前に移動して心配そうに覗き込んでくる如月さんから逃げるように背を向けて、僕は強めに返事をした。


「ホントのホント?」

「は、はい」


 さらに僕の正面に回ってくる如月さん。


 なんでここまで心配するのか分からないけど、元気アピールをしっかりしておく。


「そう。ならいいけど」

「はい。そんなことより……」


 ようやく追及を止めた如月さんに、話題を戻して話しながら歩いた。


「それじゃあ、また明日」

「はい。また明日」


 僕たちお互いの方向に分かれる。

 

「あっ、女の子の前で他の女の子のこと考えちゃダメだよ?」


 その時、思い出したかのように、僕に人差し指を付きつけてニヤリと笑った。


「な、なんで……」


 まさかバレてるとは……如月さん鋭いな……。




 次の日。


 体育の授業はバスケットボール。ウチの高校は男女混合でやることになっている。


「皆、よろしくね」


 なんと、あろうことか僕は如月さんと同じチームになれた。


 体操着姿が眩しすぎる。


 ――ピッ


 笛の合図とともに試合が始まる。ジャンプボールは男子生徒同士だ。


 僕らのチームメイトがボールを落とした。


 ――ダムッ


「いくよぉ」


 如月さんがボールを拾って相手を攻めていく。僕は運動音痴なので後ろの方だ。


「あっ」


 如月さんが相手の男子のディフェンスに阻まれる。その男子は如月さんに邪な目を向けていた。


 男子混合なのをいいことに公然とセクハラをする気かもしれない。


 如月さんをそんな目で見るとは許せない。


 そして、その男子はディフェンスにかこつけて如月さんに触ろうとしていた。


 僕はチームそっちのけで二人の間に割って入ろうと走る。


「ふっ」

「え?」


 しかし、如月さんは短く息を吐くと、相手を躱して一気にゴール下まで進んだ。


 ディフェンスの男子は完全に置いてきぼりだった。


 ――パサッ


 如月さんがレイアップシュートを軽やかに決める。場は静まり返った。


「うぉおおおっ。なんだよあれ!!」

「バスケ部より凄くねぇか?」

「めちゃくちゃうめぇ!!」

「俺動き追えなかった」


 でも、次の瞬間、外野から歓声が上がる。


 やっぱり如月さんは凄い。その後も男子を動きで圧倒していく。


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


 僕は重い体を引き摺りながら必死にみんなに食らいついていく。ただ、ゴールデンウィーク明けから始めた筋トレとジョギングの成果は出てきている気がする。


 だからと言って、チームに貢献できているとは言えないけど。


「頑張れー」


 前方から女の子の応援が聞こえた。


 この心地のいい澄んだ声は如月さんだ。僕は俄然やる気を出して動き回る。


「なんなんっだよ、お前はっ」


 僕は如月さんに触ろうとした男子にうざがられるくらい、必死に彼女と男子の間に割り込み続けた。


 如月さんを邪な目で見るお前こそなんなんだ?

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