第015話 こっそりGW③

「うーんっ」


 僕は背伸びをして田舎の空気を胸いっぱいに吸い込む。


 草や田んぼの匂いが香る。五月の頭だというのに太陽が照り付けてかなり暑い。


 手で庇を作って太陽を見上げた。


「ひとまず、この風景でも撮って送ろうか」


 他に撮る物がないので風景を何枚かカメラで撮影して如月さんに送った。


『美遊:うわぁ、ホントに自然が凄いね。とっても空気が美味しいそう』

『弘明:そうですね。そっちと比べると、空気が澄んでいるかもしれません』

『美遊:いいなぁ。いつか行ってみたい』


 な、なんだと!? いつか行ってみたい!? ま、ままま、まさか、如月さんが母さんの実家に来てみたいってことか?


 それってつまり……。


 いやいやいや、また僕は何を考えているんだ。そんな訳がないだろう。


 如月さんはこういう自然がある田舎に行ってみたいと言っているだけで、行きたいと言っているわけじゃない。


 変な期待をするな。


『弘明:でも何にもないですよ』

『美遊:それがいいんじゃない』

『美遊:あっ私たちはご飯食べたよ』

『美遊:(画像)』


 うっ。不意打ちでやってきた画像により、僕はその場に膝をつく。


 三人でお洒落なお店でお昼を食べている光景が映っていた。


 可愛い……あまりに可愛すぎる。


 他の二人はどうでもいい、とは言わないけど、僕の視界には如月さん以外映らない。


 なんで、如月さんは僕の理想をこうも簡単に超えてくるのだろう。あまりに可愛すぎて鼻血が出そうだ。


『弘明:とても美味しそうですね』

『美遊:うん。美味しかったよ』

『美遊:あっ。そろそろ出るみたいだから、またね』

『弘明:あ、はい。また』


 以前とは別のキャラクターが手を振るスタンプと一緒にメッセージが送られてきた。僕はなんとか立ち上がり、再び散歩を始めた。


「そういえば、この先に神社があったな。写真を撮るにはちょうどいいかも」


 以前来た時、その神社で夏祭りをやっていた。あそこはいかにもステレオタイプな神社で雰囲気がある。


 それに出前で沢山食べさせられた。このままだともっと食べさせられて、今よりも太ってしまう。


 それは流石にマズい。神社まで少し距離はあるけど、いい運動にはなるはずだ。日頃の運動不足の解消も兼ねて、その神社まで足を伸ばそう。


「はぁ……はぁ……予想以上に遠かったな……」


 以前は車で来たから分からなかったけど、神社まで想像以上の距離があった。


「そして、これを登るのか……」


 一時間以上かかって辿り着いた僕に更なる試練が襲い掛かる。


 それは神社まで続く階段だ。軽く百段以上はありそうだ。


「いや、これも如月さんに楽しんでもらうためだ」


 折角如月さんが僕の画像を楽しみにしているんだ。この階段くらい簡単に登れなければファン失格だ。


 僕は重い体を引き摺って階段を上り始める。


 階段の両脇には高い木々が生え、日光を適度に遮って、神秘な雰囲気を演出していた。


 まずはこの辺りの風景をいくつか撮影する。


「ふぅ……やっと着いた」


 それから数分後、ようやく上の神社に辿り着く。鳥居、鳥居と本殿、本殿、手洗い場などの写真を撮った。


 手洗い場で水を飲み、階段の一番上に座る。


「おっ。ここからの風景も悪くないかな」


 僕は一度立ち上がって景色を撮影し、再び腰を降ろして今まで撮った写真の中から良さそうなものを選んで如月さんに送った。


 ――ピロンッ


 すぐに返事が来る。


『美遊:アニメや漫画で舞台になりそうな雰囲気のある神社だね!!』

『弘明:確かにその通りですね』

『美遊:そこでお祭りがあったら、楽しそう』

『弘明:毎年ありますよ。この辺りにはここしか神社がないので、沢山人が集まって賑やかですね』

『美遊:いいなぁ。私お祭り行ったことがないから憧れるんだよね』


 "憧れるんだよね"


 僕はこの言葉に対してどう返せばいいのか。


 じゃあ、一緒に行きますか、なんて言えない。僕なんかと一緒に居るところを見られるのは彼女にとって良くない。


 かといって、そうなんですね、なんてそっけなく返すのも忍びない。


 どうしたら……。


『弘明:確かあの街でも大きなお祭りがあったはずですよ。吉川さんたちと行かれると良いと思います』

『美遊:そうだね。夏になったら誘ってみようかな』


 僕にはこれが精一杯。


 如月さんからは普通にメッセージが返ってきたところを見ると、なんとか乗り切れたと思っていいのかな。


「さて、また一時間以上掛けて帰りますか」


 疲れた体に鞭を打って立ち上がり、階段を下り始めた。

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