第006話 一歩ずつ(如月美遊視点)

■如月美遊視点


「ふぅ……はぁ……私ちゃんとやれてたかな……」


 私は自宅の扉が閉まった途端、高鳴る胸に手を当ててため息を吐く。


 今日はヒロに話しかけられた。とても緊張してしまい、汗が止まらなかった。


 家の中に入ってようやくその緊張が解けて安堵する。


 まさか本当にヒロ――眞白弘明に高校で再会できるとは思わなかった。


 中学一年生の頃の私は地味でコミュ障気味の根暗な女の子だった。


 話題が合わなくてクラスメイトと上手く話せなかった上に、見た目と性格が相まって、誰も私の相手をしてくれなくなった。


 でも、彼が、彼だけが私に声を掛けてくれた。


 ヒロとは趣味が重なっていて、返事を急かさずに話を聞いてくれるおかげで物凄く話しやすかった。


 図書委員ですることがない時もアニメや漫画の話をして盛り上がる。


 あの半年は本当に楽しかった。


 だけど私は突然引っ越すことに。


 ヒロはスマホを持っていなくて、いつも一緒にいたので、お互いに連絡先も聞いてなかった。


 そのせいで何も伝えることなく、それっきりになってしまった。


 そして、離れ離れになって初めてヒロのことを好きになっていたのだと気づいた。だから何としても彼とまた会いたいと思った。


 同時に彼に見てもらえる努力を始めた。目指すのは彼から聞いた一番好きな理想のヒロイン。


 そのおかげで転校した中学校では、なんとか皆と馴染めるように立ち回ることができた。それもこれも、ヒロへの想いがあったからだと思う。


 手掛かりは一つ。


 彼はことあるごとに今の高校に入学するつもりだと話していた。だから、ヒロの言葉を信じて私も必死に勉強した。


 そして今年の三月。


 早い内から勉強していた甲斐あって、この高校へと合格を果たした。


 合格発表の日に会場を探したけど、ヒロは見つけられなかった。


 もしかしたらヒロがここには入学していない可能性も考えた。でも、頑張った私にツキが回ってきたのだと思う。


 入学式の日に、ヒロと再会して同じクラスになることができたのだから。


 私はすぐにヒロに気付いたけど、彼は私に気付いてくれなかった。


 中学一年生の頃の私は、成長期を迎えていない体に、目立たない髪型、そして眼鏡をかけた地味な女の子。


 それが、引っ越した後で急に成長期を迎え、この三年間で大きく成長し、彼の理想のヒロインに近づけるように見た目も変えたから、気づかないのも無理はないと思う。


 ヒロの顔が見れた。それだけで頬が緩む。


 私だと気づいてもらえなかったのは悲しいけど、高校生活は三年ある。まだ焦る必要はない。


 それに今の私はまだまだヒロの理想のヒロインには程遠い。もっともっと努力して彼の理想の女の子になってみせる。


 そして、また昔みたいな関係になれたらいいなと思う。


「ヒロ……変わってた」


 私がヒロと出逢った頃は、今よりも痩せていて、髪の毛もサッパリしていた。それに、自分の好きなことを正直に発言しているタイプだった。


 でも、今はポッチャリしてて、前髪を伸ばして目を隠す、如何にも根暗な陰キャって感じ。


 今のヒロもポニャポニャしていて可愛くて好きだけど、なんだか昔と今で逆になったみたいで面白い。


「まずは少しずつでも仲良くならないと」


 初めて敬語を使われた時はショックが大きかったけど、私だと気づいていないのだと言い聞かせてどうにか落ち着いた。


 少しずつこの壁を壊していこう。


「今日もしっかりとお肌のケアをしないとね」


 両頬を叩いた私は、今日も自分磨きに余念がない。


 ヒロの隣に立つために。

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